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2008年4月

帰国

3月30日(日)、<トゥーランドット>を観た後、アパートメントホテルに帰り、日本に持ち帰れない残り物を引き取りに来てくれた音大生と夕食をして、寝る前に無線LANでネット接続しようとしたところ、またまた不通。フロントにクレイムの内線を入れると、「無線LANはトラブルで今晩は使えません」。これまでにも何度か、肝心な時に同じようなトラブルが。

仕方がないので、明朝のフライトに備えて早めに入浴して就寝することに。しかし、夏時間に切り替わったばかりで、23:00とはいえ体内時計は22:00。なかなか寝付けません。

ようやくうとうとしたと思ったら6:00に目覚まし時計が。体温を測ったら、ようやく風邪熱が引けて37.0以下に・・・。これで帰国のロングフライトに堪えられそうと安堵したらついうとうと・・・。体内時計は5:00なのです。

あっと気がついたら6:45で、本当ならチェックアウトしなければならない時間。幸い、荷物は前夜に揃えてあったので、15分で仕度してフロントへ。空港タクシーが迎えに来る7:00ぎりぎり。

ところがフロントのホテルマンおおぼけ。「空港タクシーなど来ていないし、あなたは空港タクシーを予約していません」とか。説明するとタクシー会社に電話を入れて大慌て。この騒動ですでに7:15。そうしたら背後から、「まだお客さんは来ないのですか?」とタクシードライバー。7:00前から玄関で待機している空港タクシーが私の予約車だったのです。本当に最後の最後まで、いい加減な4つ星アパートメントホテルでした。

幸い道は空いていて、シュヴェヒャート空港までわずか20分で到着。出発までまだ2時間。「今回こそは免税手続きをするぞ!」、これが早めに来た目的でした。この2~3年に、私はシュヴェヒャート空港から十数回出発しているにも拘わらず、未だに税関スタンプをもらう場所がわからないのです。

パスポートを提示してショップ内に入ったすぐ左手のリファウンドの窓口は目立つのですが、肝心な税関スタンプの窓口が見つからないのです。空港職員に聞くとすぐそこにあるというのですが、私には見つからず、いままで一度もシュヴェヒャート空港でリファウンドをもらえたことがないのです。

以前、Aゲートの手荷物検査の手前にあるのは見かけたのですが、たまたまその時はシェンゲン協定国内の移動だったので税関スタンプをもらう用がありませんでした。どうかAゲートでありますようにとの祈りは通じず、また今回もCゲートでした。やはり税関スタンプの場所はわかりませんでした。

前回7月の時は、仕方がないので経由地のパリで税関スタンプをもらおうとしたところ、ド・ゴール空港は厳重体制で、手荷物チェックに時間がかかって税関スタンプどころの話ではありませんでした。

今回は、アムステルダムで乗り継ぎに4時間あったので、広いスキポール空港を必死で歩き、D10ゲートまで行って税関スタンプをもらい、Eゲート前でリファウンドを受取り、搭乗口のF2ゲートまで移動することができました。しかし、それでも相当の速足で歩いて、順番待ちがなくても40分はかかりました。

アムステルダムから東京までの飛行時間は、タイムテーブルでは11時間20分ですが、実際には10時間30分と短くてびっくり。飛行時間が短いこともあってか、朝食にはパンもなくて、なんと「ミルクライス」。日本人のお口には合いません。めちゃめちゃ甘いソースのかかったヨーグルトだけ食べて、あとは飲み物だけだったという方も多かったことでしょう。

成田から自宅までは、初めて京王バスの調布駅南口行空港リムジンを使ってみました。11時に成田を出て、12時45分には調布駅南口に着き、バス停前のタクシーで10分。自宅まで2時間かからず荷物も預けて楽ちん。

首都高から見える都内の桜が満開で、「ああ日本に帰ったのだなぁ」と実感。写真は赤坂アークヒルズ付近の桜。

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本ブログ<aus Wien>は、4月1日の帰国をもちましておしまいといたします。半年間のご愛読ありがとうございました。

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最後の最後は<トゥーランドット>

3月30日(日)、ウィーン滞在最後の晩。中央郵便局は20:00まで営業しているのに、なぜ別送品の発送を急いだかというと、16:30-19:15フォルクス・オーパ<トゥーランドット>で、最後の最後を飾るため。プッチーニ最後の未完のオペラ。第3幕でテノールのカラフが歌うアリア、「誰も寝てはならない」はあまりにも有名。

ウィーン西駅の中央郵便局からフォルクス・オーパは地下鉄6号線1本で約7分ですが、途中、大学の研究所に寄って31日の東京行のフライトをインターネットでチェックインしなければなりません。15:20中央郵便局発地下鉄6号線に乗り、ヴァーリンガーシュトラーセ/フォルクス・オーパ駅でバス40Aに乗り換えて、15:45研究所着。日曜日でもマルティンはオフィースで仕事をするタイプなので、預かっていた研究室の鍵は30日の16:00にマルティンに渡して返却という約束でした。

KLMオランダ航空は出発の30時間前からチェックインでき、31日9:30ウィーン発のチェックインを30日の16:00にしたのでは選べる座席は僅か。迷っているうちにも、どんどん、ほかに先を越されます。アムステルダム-東京の機体はB747-400でエコノミークラスの座席は343の並び。中央ブロック4列の通路側最後の1席をかろうじて確保。

大学前のバス停16:14発のバス40Aで9分、フォルクス・オーパ到着。ウィーン滞在中、大変お世話になったバス40Aもこれが最後。

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フォルクス・オーパの<トゥーランドット>は、同演出で13公演目とのことなので、まだ結構新しい演出。演出はRenaud Doucet、舞台と衣装はAndre Barbe。演出か舞台と衣装の少なくてもどちらかは、年末年始の<ホフマン物語>新演出と同じ演出家だと思われます(後で確認します)。

トゥーランドット姫の衣装も、カラフ王子の衣装も、ともに白いぬいぐるみのよう。蛾か蝶のような昆虫を模っています。ストーリーの舞台は北京の紫禁城ということで、唯一、中国的なのはピン、ポン、パン。これも蟹や蛸のよう。カラフ王子の父、盲目のティムールに付き添うリューは蜂の蛹のような・・・。そのリューを殺すのはクワガタムシ。

指揮はハーガー(Harger)、トゥーランドットはトヴィ(Tovey)、カラフはツァン(Zhang)、リューはラモス(Ramos)というメンバーでした。このオペラ座は、客席はすり鉢のように勾配がきつく、そのすり鉢の底にオケがいるので、拡張器を使っているかのような大音量の伴奏。アリア「誰も寝てはならない」の後は、拍手喝采でしばし音楽中断。

復活祭から<ヴァルキューレ>、<パルジファル>、<トリスタンとイゾルデ>と、ワーグナーの長時間のオペラ続きだったので、1幕30分、2幕45分の後にそれぞれ休憩が入ると、「え、もう休憩?」という感じ・・・。

19:15には終演し、外に出ると、まだ太陽はさんさんと明るく。そう、この日からサマータイムになったのです。3月30日の午前2時になったところで午前3時に時計を1時間進めサマータイムに。そういえば、街角にも「Eis」(アイスクリーム)の看板が立ち始めました。

地下鉄6号線ヌスドルファーシュトラーセ駅で、ウィーン滞在中最もお世話になった路面電車38号線に乗り換え、最寄駅のジーヴェリンガーシュトラーセまでの9分間、19:45にゆっくりと日没。こうこうと燃えるアーベント・ロート(夕焼け)が、私の半年間のウィーン研修を慰労しているかのように見えました。

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別送品

ホテルアパートメントの一人暮らしとはいえ、半年も生活していると何気に物は増えるものです。今回はKLMオランダ航空エコノミー利用なので、無料で預けられる手荷物は20キロ、機内手荷物は12キロまで。KLMオランダ航空は、少しでも重量オーバーすると高額な追加料金を請求してくるので、それを超える荷物は別送品として郵送するしかありません。

機内手荷物は、トロンボーンが5キロ、パソコンが1キロを占め、ほかに、万が一、ロストバゲイジにあった場合に備え、会計書類と調査のフィールドノートと貴重品は携行しなければならないので、これだけでもう目一杯。本来はコートなどの重さも加えて12キロまでなので、実際には少しオーバー。荷物を軽くするため、空港内は暖かいとはいえ、ロングコートにロングブーツの真冬の装い。

預ける荷物は、4月4日の年度初めの教授会までに配らなければならない教授会メンバーへのお土産、国立ボーデンクルトゥア大学のロゴ入り文具40人分(この教授会で研修報告の挨拶をするのが習わしなので)と、郵送では破損が心配されるグムントナーの陶器。グムントナーは、オーバーエスターライヒ州のグムンデン市で製作されている、オーストリアで最もポピュラーな陶器。運搬の問題はわかっていながらも、珍しいタイプの陶器を、つい買い集めてしまいました。

アパートメントホテル備品のお皿でご飯やお味噌汁は無理。日本屋さんへ行けば大抵何でも買えますが、日本のスーパーで500円で買えるご飯茶わんが1500円もします。1500円だせばグムントナーは買えるし、グムントナーにはボール状のデザインもあってご飯やお味噌汁にも向くのです。

グムントナーが割れないように、ダウンジャケット、セーター、マフラー、タオル地のパジャマでくるんだら、スーツケースはもう満杯。ぴったり20キロでした。

残る衣料品と生活用品、図書と調査資料は別送品で郵送することになります。ウィーン西駅の中央郵便局は日曜・祝日も9時-20時で営業しているので、3月29日(土)のうちに仕分け作業を済ませ、30日(日)の午前は別送品を梱包、午後は別送品を発送という作業スケジュール。

第一の問題はダンボールをどこで入手するかですが、日本のようにスムースにはいかないのが普通の国です。スーパーの倉庫でもらうにしても、週末は土曜6時までしか営業していません。これは幸い、粘り強い交渉の結果、アパートメントホテルの倉庫に山積みされた客室用ティシュペーパーの梱包箱をもらえました。

30日(日)13:00、別送品の梱包作業が終わると、なんとダンボール5箱計55キロ。衣料品や生活用品のダンボール3箱(10キロ、9キロ、7キロ)、図書のダンボール1箱(22キロ)、調査資料のダンボール1箱(7キロ)の計5箱という内訳。

いよいよタクシーで運搬ということになります。フロントで台車とタクシーをリクエストしたところ、係員が部屋まで荷物を取りに行くから部屋で待っているようにとの指示。しかし、13:30まで待っても係員は来ません。オーストリアで"Eine Paar Minuten"(2分待って)と言われると、たいてい20分待ちです。仕方ないので1人でずるずると引きずってエレベーターでフロントまで運ぶと、運び終わったところに係員が。

呼んであるはずのタクシーもなくて、タクシー乗り場まで拾いに行くことに。幸いワゴンタクシーが停まっていたのですが、この女性ドライバーはウィーン西駅の中央郵便局の位置がわからない・・・。よりによって中央郵便局は改装工事で仮設エントランス。普通なら所要時間10分で11ユーロ程度の距離なのに、堂々めぐりして15ユーロ。

郵便局の窓口に荷物を運び終わったらすでに14:30。予定より1時間も遅れてしまいました。日本の税関(Japan Customs)のサイトには、箱の表面に「別送品」とマジックで書けば課税されないと書かかれているのに、それがわからない郵便局員は内容物の値段と個数まで詳細に記入すようにと、シツコク催促。仕方ないので5箱分の伝票に、内容物と個数を詳細に記入し、値段はゼロ円として納得いただきました。書き終わったらすでに15:20。これにて別送品の発送完了。

調査資料のダンボール7キロだけ1週間で配達される航空郵便にして75.08ユーロ(約12,000円)。ほかは3週間の普通便(つまり船便)にして4箱計264.97ユーロ(約42,400円)。そこそこ安上がりに出来た方だと思います。

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