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2008年3月

WPh&メータ オケコンほか

3月29日(土)15:30からメータ指揮、シングル・シンガーズ共演、ウィーン・フィルを聴き、ウィーン滞在中のムジークフェラインでの演奏会を締めくくりました。

Dsc02020 プログラムは、ハイドン作曲/交響曲第22番<哲学者>、ベリオ作曲/8声と管弦楽のためのシンフォニア、バルトーク作曲/オーケストラのための協奏曲。

相変わらず風邪熱が下がりませんでしたが、私にとってウィーン滞在中最後のウィーン・フィル定期なので、15:30開演のところ14:15から並び、立見最前列中央で聴きました。

ねらいはバルトークのオケコンでしたが、それよりも初めて聴くベリオがとても面白かったです。女声4人、男声4人のアカペラ合唱団がマイクを持ってラップのように歌い、2月2日にベルリンで聴いたダンスプロジェクトを想起させます。聴いていると、なんだか演奏したことのある曲が・・・。マーラー作曲/交響曲第2番<復活>をパロディっているのです。実質、この中プロがメインでしたが、果たしてウィーンのご年配の聴衆にはどのように映ったことでしょう?

トロンボーンは、1番キューブルベック、2番ヴェクセルの人、3番シュトレッカー。ということは、キューブルベックとシュトレッカーは、前日28日(金)10:00からの公開リハーサルでこのプログラムを吹いて、さらに17:00から21:45まで国立歌劇場で<トリスタンとイゾルデ>を吹いたということ。乗り番は、曲で分けているのではなく、勤務日で決めているのでしょうか。コンサートマスターはキュッヒルでした。

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最後の国立歌劇場は<トリスタンとイゾルデ>

3月28日(金)17:00-21:45、レイフ・セゲルスタム指揮、ワーグナー作曲<トリスタンとイゾルデ>。半年のウィーン滞在、国立歌劇場の最後は「愛の死」で締めくくりました。いやー、よかった。感涙。

Dsc02018_2 指揮者のセゲルスタムは、クリスチャン・リンドバーグの定盤CD「Romantic Trombone」の伴奏で、バンベルク交響楽団を指揮しているので名前は知っていたのですが、その後、読売日響の定期にも登場し、作曲者としても自作自演。容姿がブラームスに似ていて、ブラ1を振った時は、ブラームスの自作自演を思わせました。

今回は、曲目と指揮者目当てで、歌手にはあまり期待していなかったのですが、とてもよかったです。ウィーン国立歌劇場デビューを飾ったトリスタン役のテノール歌手、ヨハン・トレレーヴェン(Johan Treleaven)もよかったし、何と言ってもウィーン国立歌劇場でイゾルデを初めて歌ったソプラノのエヴリ・ヘルリツィウス(Evely Herlizius)、凄くよかったです。細身ながら最初からスピントな声で大迫力。第2幕のトリスタンとイゾルデの「愛の二重奏」は圧巻。このまま最後の「愛の死」までもつのか心配でしたが、これも実によかったです。

<トリスタンとイゾルデ>より「前奏曲」と「愛の死」は楽曲としてもしばしば取り上げられ、4時間のオペラのいいとこ取りですが、やはりオペラで4時間近く延々と待たされた最後に聴く「愛の死」は、絶品ですね。

トロンボーンは、1番キューブルベック、2番マダーシュ、3番シュトレッカーと、2日前の<パルジファル>と同じメンバー。乗り番は曲で決まっているのではないようですね。

まだ風邪熱が続き、歯が痛くてたまりませんでしたが、最後だったので終演後に楽屋口でキューブルベックにご挨拶。3月31日のフライトで、なんと、姪御さんも日本へ行かれるそうです。彼女は、心理学から日本の家族関係を研究しているとか。31日にシュベヒャート空港で、トロンボーンを持った日本人女性がいたら、声を掛けてもらうように伝えました。

 

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Auf Wiedersehen!

3月28日(金)は、こちらの同僚にお別れの挨拶まわり。午前は、大学の研究所によって、共同キッチンに花束と折り鶴とチョコレートを置いたところ、みなさん折り鶴に大喜び。「どうやって折るの?」と質問攻め。

Dsc02013_2その他、一応、私の世話担当ということになっている、日本好きの若手女性研究者ダグマには、こちらで使っていた千代紙のお茶筒を記念に。

招聘してくださったフォーゲル教授には、以前、「柿の種」を差し上げた際、食べ慣れない物は口にしないタイプの人種だということがわかったので、バーデン市のホイリゲで購入しておいた白ワインを差し上げました。そうしたところ、「これは典型的なオーストリアのワインだ!」と、お喜びいただけました。

午後は、連邦機関中山間地域研究所へ。副所長のダックス氏にご挨拶をして、続いて研究仲間のテレジアと最後のランチをしながら、共同研究の成果報告のスケジュールを打ち合わせました。テレジアは、9月18日・19日にボーデンクルトゥア大学で開かれるオーストリア農業経済学会の大会理事になっているので、まずはそこのジェンダー部会で報告することになります。

Auf Wiedersehen! Alles Gute!  Bis September!

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転出届

帰国まであと4泊。ウィークデイは残り2日。ウィーン19区の区役所と日本領事館に転出届を出せるのは今日(3月27日)か明日(3月28日)しかありません。明日は職場の同僚や連邦機関中山間地域研究所に挨拶に行かなければならないので、どうしても今日のうちに転出届を出しておかなければ。

それなのに、朝目覚めて熱を測ったら37.8度に上がっていました。やはり<パルジファル>を見るのは体力が要ります。とても動けないのでお昼まで寝ていたら37.4度まで下がっり、夕べまでは焼けつくように痛かった喉が痛くありません。風邪熱も峠を越したようです。

区役所は15:30までなので急がないと・・・。幸い、外に出たら13度のぽかぽか陽気。14:30前に19区の区役所へ寄り、15:00過ぎに日本領事館に寄り、転出届を出しました。最初に来てから6か月が経過したのだなぁと実感。最初の写真の真ん中の黄色い建物が19区の区役所、次の写真が日本領事館。

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残るは荷物ですが、これは3月30日(日)の午前中に西駅付近の中央郵便局で発送予定。

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パルジファル

3月26日(水)17:30-22:45ウィーン国立歌劇場、ティーレマン指揮、ワーグナー作曲、舞台神聖祝祭劇<パルジファル>。ザルツブルグからウィーンに戻って、またワーグナーです。風邪で熱がある身には、ワーグナーは長すぎます。しかし、1か月前の売り出しに、44ユーロも投じてチケットを購入してあるし、日本ではそうそう上演の機会もない演目だし、いまさらやめるわけにもいきません。

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<パルジファル>は、2002年4月のベルリン・フェスト・ボッヘで、バレンボイム指揮、ベルリン国立歌劇場でも観ていて、クンドリを歌うマイヤーに聴きほれたこと、アメリカ人観光客が1幕の後に拍手をして嫌われたこと、舞台上に巨大な岩壁のようなのがあってレーザー光線が飛び交ったことくらいしか記憶にありません。

今回こそは、<パルジファル>の醍醐味を味わえるだけの教養を身に付けるつもりでしたが、やはり「聴くと疲れる」という感想に終わってしまいました。ティーレマンのまったり系の棒がそうさせてしまうのかも知れません。私は苦手です。

グルネマンツを歌ったミリング、アムフォルタスを歌ったストラックマン、クリングゾルを歌ったバンクルはよかった。せっかくアイン・アンガーが起用されているのにティトゥレルでは出番が少なすぎ。それに比べてパルジファル役のトーマス・モッサー(Thomas Moser)は声が伸びず残念。クンドリを歌った藤村実穂子さんは、世界に通じる数少ない日本人ですね。バス、バリトン、メゾの世界の作品ですね。

ところで、あと5分で終演というところで、ステージ・バックのカーテンが落ち、舞台袖が丸出し。これは演出ではなくてハプニングだったと思われます。

第2幕の後半あたりから暖房が弱くなって、首筋が寒くて寒くて・・・。トロンボーンは1番キューブルベック、2番マダーシュ、3番シュトレッカーだったので、終演後、楽屋口でキューブルベックに挨拶したいところでしたが、いよいよ熱が出てきました。オペラ座前のタクシーを拾って帰ったら、15分で12ユーロでした。意外と安くて速かった。

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BPh復活祭音楽祭、ラトル指揮<ヴァルキューレ>

3月24日(月)ザルツブルグ復活祭音楽祭最後を飾るワーグナー作曲/楽劇<ニーベルングの指輪>第1夜<ヴァルキューレ>。

12月のウィーン国立歌劇場、ウェルザーー=メスト指揮、新演出による<ヴァルキューレ>を2回観たのも、このベルリン・フィルの<ヴァルキューレ>と聴き比べたかったからこそ。

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歌手や演出に注目する常識的なオペラ・ファンとは異なり、私の関心はバストランペット。これに尽きると言っても過言ではありません。ザルツブルグ祝祭大劇場のRang Mitte Rechts 12列29番からは、ピットの中のバストランペットを終始うかがうことができました。

ちなみにトロンボーンの1番・2番は見えませんでしたが、3番ライエンデッカー、4番(コントラ持ち換え)シュルツ、テューバはプットカマー。1番はゲスリングで、1幕の後の休憩時間にヴァルキューレの騎行をさらっていました。2番は誰だったのか不明ですが、楽屋ではアカデミカーのチェグを見かけました。ほかにバックステージでアカデミカーの清水真弓さんも吹いていたはずなのですが、残念ながら会えませんでした。

ラトルが指揮台に登場し、棒を振り下ろすと、「え?ヴァルキューレってこんなオーケストレーションだったっけ?」と思うようなサウンドが。普段なら聞こえない音まで、はっきり、しっかり、そしてきびきびと、凄い音圧で響いてくるのです。そのサウンドは4時間にわたる上演中、変わることはありませんでした。

そのせいか、オットのバストランペットは、もっと前へ出てもよいのではないかと思う音量だったのと、トランペットのタルケヴィ、クレッツァー、ヒルツァーと場所が離れていて、バストランペットの役割が浮いてしまった感じは否めません。

とはいえ、オット独特のまろやかな音色とたっぷりとしたフレージングは、12月のウィーン国立歌劇場のバストランペットとは対照的でした。ウィーン国立歌劇場のバストランペットは誰だったのか、いまでもわかりませんが、音域の低いトランペットでした。それに対してオットのバストランペットは、トロンボーンの音色だったということになりましょうか。

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歌手は、一番楽しみにしていたジークムント役のギャンビルがキャンセル。代役は、プログラムにメモしたのですが、風邪の熱のせいでぼけーっとして、帰りのタクシーにプログラムを忘れてしまいました。

ブリュンヒルデは、12月のウィーン国立歌劇場でも歌ったエヴァ・ヨハンソン。12月の時よりも、最初から音程も安定していてよい出来栄えでした。

フンディング役のミカエル・ペトレンコは、声だけでなくて姿形もカッコ良すぎ。コステュームも紳士的。ヴォータン役のサー・ウィラード・ホワイト、ジークリンデ役のエヴァ=マリア・ヴェストブレーク、いずれもウィーン国立歌劇場ではあまり聴けない歌手です。

演出は、舞台装置全体がすっきりとモダンに垢ぬけている感じですが、ヴァルキューレのコステュームは、12月のウィーン国立歌劇場がフェミニンな感じのドレスで意外性があったのに対し、鎧兜でややコンサバ。ただ、ウィーン国立歌劇場では、野戦病院の患者が白のバスローヴを着て駆け回るナンセンスな演出だったのに対し、こちらは迷彩服の人形をヴァルキューレが引きずるという演出で○。

フルートはパユ、オーボエはマイヤー、ホルンはドールとサラとヴァーレンドルフは楽屋で見かけました。コンサートマスターは見えませんでしたが、安永さんは1プルの裏にいました。

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ザルツブルグの復活祭

Dsc01986今年の復活祭は例年よりも2~3週間早く、おまけに大寒気団が来て、ザルツブルグは写真のとおり。3月24日(月)の朝10:00からドームで<モーツァルト・ミサ>があるというので、ホテルでタクシーを呼んで駆けつけました。徒歩でも15分くらいの場所なのですが、風邪をひいて熱はあるし、雪は降っているし・・・。

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12月23日(日)22:00からウィーン・シュテファンス寺院で行われたトロンボーン四重奏団の演奏会のことが思い出され、なにもそこまで根性を入れて教会のミサに行く必要もないように思われましたが、行ってよかったというのが今回の感想です。

聖歌隊、ソリスト、合奏団、いずれの演奏レベルも高く、また、モーツァルトだけかと思っていたところ、最後にはハイドンの<天地創造>が。23日のベルリン・フィルの演奏会<天地創造>は故あって聴けませんでしたが、それよりも宗教的に意味深い演奏でした。

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BPh復活祭音楽祭、特別演奏会

ザルツブルグ復活祭音楽祭では、ベルリン・フィルのシンフォニーコンサートとオペラに加えて、<コントラプンクテ>(対位法)と称する室内楽シリーズがあります。その特別演奏会として、3月22日(土)22:00から、レパブリックと称されるクラブの小ホールにおいて、サックス奏者であり、作曲家でもあるシュニーダーと、ベルリン・フィル奏者によるジャズ演奏会<Around the world>がありました。

メンバーは、ダニエル・シュニーダー(指揮、Sax)、アレクサンダー・イヴィック(Vn)、クリストフ・フォン・デア・ナーマー(Vn)、マルティン・ステーグナー(Vla)、オラフ・マニンガー(Vc)、ナビル・セハタ(Kb)、エマニエル・パユ(Fl)、ドミニク・ヴォーレンヴェーバー(Ob)、ノルベルト・ナーゲル(Cl)、ラデク・バボラク(Hr)、マリオン・レインハルド(Fg)、ガボア・タルケヴィ(Tp)、シュテファン・シュルツ(BTb)、フランツ・シンドルベック(Perc)。9時まで祝祭大劇場でシンフォニーコンサートに出ていて、そのままステージ入りの奏者も多く、なみの体力ではありません。

全席自由だったため、前から4列目中央を確保(1列目と2列目はステージより低い位置にあり、誰も座らず、実質2列目)。ウィーンのムジークフェラインで鍛えた立見席の場所取りのコツが活きます。あまりにもステージに近く、ステージ全景を写真に撮るのは困難でしたので、下手の管楽器だけ。

Dsc01981 シュニーダーのサックスのソロが多いのはともかくも、バストロ、コントラファゴット、トランペット、フルート、そして予定外のホルンのソロも。いずれもジャズなので、記譜するとどのようなことになるのか想像もつかず・・・とにかく難解な指回りが多そうでした。

コンサート名の<Around the world>は、シュニーダー作曲の楽曲のタイトルで、メインプログラム。そのなかの3曲目は<Der Goetter-Funk>。何だか分りますか? そうですベートーヴェンの第九交響曲の<歓喜の歌>なんですよ。ジャスって、いろいろなことが出来るのですね。

終わってから、トランペットのタルケヴィに、「ジャズも好きなのですか?」と聞いてみたところ、「いや~、ダメです」という、照れくさそうなリアクション。それにしてもみなさん、クラシックとジャズの両刀使いなのですね。パユやバボラクのジャズなんて、そうそう聴けるものではなさそう・・・。

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BPh復活祭音楽祭、ラトル&シフ

3月22日(土)18:30、ザルツブルグ祝祭大劇場、ラトル指揮、ハインリッヒ・シフ独奏、ドヴォルザーク作曲/チェロ協奏曲、ブゾーニ作曲/<ファウスト博士のための2つの習作>よりサラバンド、ブラームス作曲/交響曲第1番。

Dsc01969前日の小澤の指揮とは異なり、弦楽器は対向配置。しかし、それにしても危ういドヴォコンでした。1楽章では停まるのではないかという場所が数回、2楽章ではフルートのパユが間違えたのかと思うほどズレて(そうではないのですが)。3楽章になると、聴く側としても様子がわかったので、独奏と伴奏が合っていなくても気にならなくなりました。

シフは病気をして、2年前に出演契約をした時と状態が大幅に変わってしまったとか。病気の後にもかかわらず、大舞台をキャンセルしなかったことへの慰労でしょうか、「ブラボー」の掛声はあったのですが、それはかえって皮肉に感じられました。

ブゾーニは、プログラムでは前プロでしたが、後半の最初に演奏されました。初めて聴く曲でしたが、管楽器も大活躍の面白い曲でした。ただ、トランペットは入らない曲でした。

ブラームスになると、ラトルお得意。聴いてよかったと実感できる演奏でした。コンサートマスターはじめ管楽器奏者のトップはほぼ前日と同じ。トランペットはヴァレンツィ、クレッツアー。トロンボーンはオット、アカデミカーのチェグ、ライエンデッカー。テューバはヒュンペル、ティムパニーはゼーガースでした。

オットは、後半プログラムにテナーバスを2本持って登場。ブゾーニまではトローヤでしたが、ブラームスではオールド・クルスペを使用。ブラームスの1番では、オールド・クルスペを使うのが理想なのだそうです。「なるほど!そう吹くのか!」と開眼させられる、大きなフレージングでした。まさに天使のラッパ。

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BPh復活祭音楽祭、小澤&ムッター

ベルリン・フィルの復活祭音楽祭は、演奏会3公演とオペラ1公演の計4公演が、3月15・16・17・18日の4日間と、3月21・22・23・24日の4日間の2回上演されたのですが、私は聖金曜日の3月21日から復活祭の月曜日の3月24日までのチクルスで聴いてきました。

7月11日の段階で、復活祭音楽祭事務局のサイトからチケットをオーダーしましたが、300ユーロの会費を払って会員にならないと、会員のキャンセルチケットのウエイティングになります。

会場のザルツブルグ祝祭大劇場は、どの席でも舞台からピットまで見渡せるので、一番安いランクの演奏会90ユーロ×3公演、オペラ180ユーロ、計チケット4枚450ユーロでよいところ、300ユーロの会費は高すぎます。最悪、オペラの<ヴァルキューレ>だけでも見られればよいと思い、キャンセル待ちにしておきました。

いくら待っても連絡がないので、2月15日(金)にザルツブルグへ行った際、事務局へ寄ってみたところ、幸運にも、一番安いランクながら中央ブロックの席にキャンセルがあり、その場で購入させてもらえました。オーストリアでは、直接交渉が一番確かなのです。

3月23日(日)のハイドン作曲/オラトリオ<天地創造>だけは、別の予定があったので聴きませんでしたが、21日(金)18:30からの小澤指揮、ムッター独奏、ベートーヴェン作曲/ヴァイオリン協奏曲、ショスタコーヴィチ作曲/交響曲第10番、22日(土)18:30からのラトル指揮、シフ独奏、ドヴォルザーク作曲/チェロ協奏曲、ブラームス作曲/交響曲第1番ほか、22日(土)22:00からの特別公演<Around the world>、24日(月)17:00からのラトル指揮、ワーグナー作曲/楽劇<ニーベリングの指輪>より第1夜<ヴァルキューレ>、計4公演を聴きました。

この期間、ザルツブルグのホテルはほぼ満室で、1泊1万円程度で泊まれる4つ星は、祝祭大劇場から徒歩20分ほどの、旧市内のはずれになってしまいました。30分3ユーロでネット接続できるフロント付近のPCは日本語に対応しておらず、近くにある1時間2ユーロで9時-23時営業のネットカフェを見つけたのですが、ぼた雪が降りしきる中、ブログ付けのためにネットカフェ通いする気力はありませんでした。

ローマから帰って風邪をひき、薬で熱を抑えての復活祭音楽祭鑑賞だったので、夜な夜な祝祭大劇場へ出かける以外、ほとんどホテルに籠り、日本の出版社からFAXされてきたゲラの校正をしていました。3月上旬、神戸からいらしたご夫婦に、葛根湯エキス配合の風邪薬を持ってきていただき、本当に助かりました。こちらでは、風邪で熱があるというとすぐにアスピリンなので、デリケートな日本人の体質には合いません。

まずは、3月21日(金)の演奏会。小澤指揮、アンネ・ゾフィー・ムッター独奏、ベートーヴェン作曲/ヴァイオリン協奏曲、ショスタコーヴィチ作曲/交響曲第10番。

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このヴァイオリン協奏曲は、1月23日にベルリンでも聴きましたが、その後、パリ、ルツェルン、ウィーン、ザルツブルグでも演奏し、6回目最後の本番だっただけに、ぴったり息が合った演奏で、ムッターの自由自在。アンコールの無伴奏曲は、小澤もチェロのあたりに腰をかけて鑑賞。2ヶ月間のコンビが千秋楽を迎えたという感じでした。

ショスタコーヴィチの交響曲第10番は、もしかしたら2回くらい聴いたことがあったかも知れませんが記憶になく、ほとんど初めて聴く曲といった感じ。ベルリン・フィルの粘りのある力強いサウンドを活かした演奏でした。コンサートマスターはブラウンシュバイクで安永がプルトを組み、管楽器は、フルート:パユ、オーボエ:マイヤー、ホルン:バボラク、トランペット:ガボア、クレッツァー、ヒルツァー、トロンボーン:オット、アカデミカーのルカス、シュルツ。テューバはヒュンペル、ティムパニーはゼーガーでした。

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イースター休暇

3月24日(月)のイースターにむけて、ウィーン市内の大学は3月16日(日)から3月末まで2週間のイースター休暇に入っています。滞在先のボーデンクルトゥア大学の購買は3月14日(金)までで休業、ウィーン大学の購買は3月20日(木)の午後から休業に入ります。

去る3月14日(金)にもウィーン大学に寄ったのですが、間違えて学生の自治組織による古書店の方に寄っていたことがわかり、3月20日(木)のラストチャンスに購買で専門書などを購入。

ウィーン市内で一番大きい書店は、グラーベンにあるとのことで行ってみたのですが、地上階と1階だけの小さな書店で、関連分野の専門は心理学と経営学しかありませんでした。やはり社会科学の専門書はウィーン大学の購買に行くしかないことがわかりました。

ウィーン大学の購買は、地下鉄2号線のショッテントーア駅から路面電車42番か43番で一駅いったところにあります。Dsc01929_2 Dsc01925_2

一枚目の写真は、ショッテントーア駅の路面電車42番と43番の乗り場からの眺め。教会の周りには桜がたくさん咲いているというのに、みそれ交じりの寒いイースター休暇です。

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ローマの休日

しばらく連絡がなかったイタリア人のコンチャッタから、3月5日に突然メールが来ました。カッシーノ大学の教員を辞めて、9月からローマにあるイタリア統計局に勤務しているとか。

まったく急な話ではありましたが、3月18日(火)11:30ウィーン発ローマ行、19日(水)13:50ローマ発ウィーン行のエアベルリンを240ユーロでブッキング。1泊2日でローマ観光に行くことにしました。1か月前までブッキングすればほぼ半額なので高い出費ではありますが、半年の研修に対するご褒美です。

そうしたところ3月13日(木)、12月にウィーンに寄ってくださった愛媛大学のN先生から携帯メールがあり、「今、ロンドンです。乗り換えてミラノへ行きます。(中略)19日から20日はローマ北部で調査予定(後略)」とのこと。N先生も予定を調整してくださりローマで合流。

「ローマは一日にしてならず」とはいいますが、時間にルーズなイタリア人にしては珍しく、コンチェッタの念入りなスケジュールで、私はローマを24時間以内で見てきました!

1枚目:バチカン、2枚目:ピエタ。Dsc01865 Dsc01870

3枚目:トレビの泉、4枚目:ポポロ広場、5枚目:ナボナ広場。Dsc01879 Dsc01905 Dsc01914

ホテルはテルミニ駅前のアリストン(Ariston)。コンチェッタの家は郊外にあり、通勤に片道90分かかるため、ツイン169ユーロにしてコンチェッタとルームシェア。

わずか1泊2日で飛行機240ユーロ、ホテル169ユーロと散財しましたが、ローマは明るくて暖かくて、アルプス以北のゲルマン民族があこがれるのがよくわかりました。

19日(水)午後、ウィーン空港に降り立つと、また、みぞれ交じりの冷たい雨。初夏のようなローマと、真冬のウィーン。この温度差で、20日(木)の朝からまたまた風邪です。

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ハンガリー東部に友人をたずねて

1996年8月、ブカレストでの学会の後、夜行列車でウィーンへ移動しようとしたところ、その年だけハンガリーの通過ビザが必要で、通過ビザを持っていなかった私は、ハンガリーのルーマニア国境で、ルーマニアに強制送還されたのでした。

ハンガリーの通過ビザを入手するには、国境の駅から100キロ南下した高速道路の国境ギューラ(Gyula)まで行かなければならないとか。国境の駅前には外貨獲得が目的のタクシーが停まっていて、1時間ほどかけてタクシーで移動。ルーマニアの通貨レイは持ち出し禁止ですでに一銭もなく、とりあえず100米ドルで交渉。

野犬がうろつく深夜2時すぎの森をタクシードライバーと2人だけ。身の安全の保障はありません。さすがに外貨獲得が目的のタクシードライバーだけあって、とりあえず英語はしゃべれます。このような場合は友達になっておくしかなく、「どうしてこんな夜中にも仕事しているの?」と話しかけてみました。

「家族を養わなければならないからね。お客さん日本人? 日本人だったら指揮者の曽我大介知っている? 自分は彼がルーマニアに来る度に専属ドライバーをやっているんだよ」。なんと! 聞けば12歳の息子さんはトランペット、14歳だったか15歳だったかの息子さんはユーフォニアムを吹いているとか。高速道路の国境に着いた時には、すっかり友達になっていました。

通過ビザの発券所では、ミーシャ・マイスキーのようなぼさぼさ頭のおじさんが、「自分はチェコのチェロ職人で、ウィーンの演奏家から依頼されたチェロを納品に行くところだから、一緒に乗せて行ってあげようか?」と。しかし、このぼさぼさ頭のおじさんの車で7時間以上2人だけというのも、身の安全の保障はありません。

自分はすでに列車の切符を持っているからと丁重にお断りし、ハンガリーの街へ買出しに行くところだという担ぎ屋御一行のバスに乗せてもらい、とりあえず最寄駅まで連れて行ってもらいました。

ベーケーシュチャバ(Bekescsaba)駅に着いたら朝の7時過ぎ。ブダペスト行の列車まで、まだしばらく待たなければなりません。夏とはいえヨーロッパの朝は寒く、お腹も減って・・・。駅の売店ではコーヒーを売っているのに、それを買うためのハンガリーの通貨フォリントがありません。米ドルは使ってしまったし、田舎街ではドイツ・マルクも使えずに困っていたところ、一杯のコーヒーを恵んでくれたのが、そこでただ一人、英語がしゃべれた18歳の女子学生、イルディコでした。

それから12年、イルディコとは文通を重ね、1998年と2005年の2回、ブダペストで再会・再々会を果たしたのでした。イルディコの実家は、ブダペストから東へ80キロ行ったアボニーにあるのですが、現在は、アボニーからさらに200キロ以上東へ行ったルーマニア国境近くのニーレジハーザ(Nyiregyhaza)という地方都市で、ボーイフレンドと、その父親と暮らしているのでした。

ボーフレンドを紹介したいから、是非、ニーレジハーザに来て欲しいと言われていたのですが、何分にもブダペストから列車で3時間もかかり、ついでにちょっと行ける場所ではありません。ウィーンからだと列車を乗り継いで7時間かかるのですが、この機会にニイレジハッツァを訪ねることにしました。

英文レクチャーやら、研究会やら、演奏会やらで睡眠不足だったため、3月15日(土)はゆっくり起きて、11:52ウィーン西駅発の列車に乗りました。ブダペストで東駅から西駅に乗り換えて、目的地のニーレジハーザに着いたら18:26でした。

ギターリストの彼は、週末の夜は本番があるというので、イルディコと2人でレストランに入り、本場のグラーシュ鍋を突きながら00:00近くまで、お互いの近況やら、ハンガリーと日本の違いやらを語り合いました。

翌3月16日(日)は、商店街はすべて閉まっている上に、生憎の曇り空でしたが、ニーレジハーザの旧市内を散歩し、続いて彼の車で25キロほど北に行ったワインの産地、トカイ(Tokaj)に連れて行ってもらいました。

一枚目の写真はニーレジハーザの旧市内にある庁舎。二枚目の写真は、EU加盟後のEU基金で開発が進む市内の様子。どことなく東ベルリンのような感じですが、外国人はほとんどいなくて、静かで綺麗な小都市です。

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ニーレジハーザの郊外には、やはりEU基金で新しく温泉リゾート地が出来たのですが、そこにはルーマニアからの観光客も来るようになったとか。ルーマニア国境にはハンガリー民族が住んでいて、ことばもマジョール(ハンガリー語)なのだそうです。EUの東方拡大が手にとってわかります。

ワインの産地として有名なトカイは丘陵部にあり、観光リゾート地として特別に手入れがされています。

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道中、不思議な光景が・・・。日曜日は商店はお休みですが、郊外に中国人の露天商が大勢集まったショッピングモールがあり、買い物客のマイカーで道は渋滞。聞くところによれば、これは違法との話も・・・。市内の商店に並ぶ商品も、最近はほとんどがMade in Chinaだそうです。Dsc01853

午後15:36ニーレジハーザ発の列車に乗り、やはりブダペストで乗り換えて、ウィーンのアパートメント・ホテルに帰ったのは23:30でした。日本のように新幹線があれば片道2時間半程度の距離なのに、片道7時間の列車の旅は疲れますが、往復で73.60ユーロ(約11,000円)なので、安いのも、これもそれでいいかも知れません。

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WPh&アーノンクール<楽園とペリ>

3月14日(金)から24日(月)の復活祭にむけて、ウィーン市内では<OSTER KLANG WIEN>という一連のイベントが展開されています。その初日は、楽友協会大ホールにて、アーノンクール指揮、ウィーン・フィル、アーノルド・シェーンベルク合唱団による、シューマン作曲、オラトリオ<楽園とペリ>で華やかに幕を明けました。

Dsc01857 このオラトリオは、本来は独唱者8人(ソプラノ2人、メゾソプラノ2人、テノール2人、バリトン1人、バス1人)を要する大曲なわけですが、今回はバリトンとバスをゲルハーヘルが1人2役歌い、7人の配役でした。

Peri:アネッテ・ダッシュ(Annette Dasch)、Jungfrau:モジュカ・エルドマン(Mojca Erdmann)、Mezzosopran:ミッシェレ・ブレット(Michelle Breedt)、Alt, Engel:エリザベス・クールマン(Elisabeth Kulman)、Erzaehler:クリストフ・シュトレール(Christoph Strehl)、Juengling:ベルンハルト・ベルヒトルド(Bernhard Berchtold)、Gazna, Der Mann:クリスティアン・ゲルハーヘル(Christian Gerhaher)

おなじウィーン・フィルの演奏会でも、このイベントの主催者はいつもと異なり、チケット販売方法も異なります。楽友協会主催でもなく、ウィーン・フィル主催でもないため、コンサートホールは結構空いていました。

おかげで私は初めて、楽友協会大ホールのまともな座席でウィーン・フィルを聴くことができました。それでも一番安いギャラリー27ユーロにしたのですが、場所がよかったのか、演奏がよかったのか、とにかく最高の響きに酔いしれることが出来ました。

シューマンの管弦楽曲はデリケートで、奏者にとっては非常に厄介です。しかし、古楽器集団で培ったアーノンクールの音楽解釈と、ウィーン・フィルならではの音色、それとアーノルド・シェーンベルク合唱団のアンサンブル力とによって、繊細で美しい砂糖菓子のような出来栄えでした。

独唱者の中では、大晦日の<こうもり>でオルロフスキーを歌ったクールマン。3月の国立歌劇場ではナブッコでも登場するので中堅かと思ったら、プログラムを見るとまだ若手。日本でも新日フィルのマーラー<復活>で歌っているそうですね。バス・バリトンのゲスハーヘルは、3月8日(土)コンセントス・ムジクスの<ヨハネ受難曲>でも歌っていましたが、今回の方が目立っていました。

Dsc01785 トロンボーン・セクションは、1番バウスフィールド、2番マダーシュ、3番シュトレッカー。ほとんど吹くところがなくて、長~い、長~いTacetの後、いきなりHigh-Fかそれ以上の高い音でソロがあったりして、本当に涙モノですが、前半最後17曲目に入る直前、バウスフィールドのアルトは実に見事でした。

意外だったのは、この曲にテューバがあったこと。ほとんど吹くところがないのに、それでもやはり必要なのですね。

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三世代家族

3月14日(金)10:00-12:00オーストリア連邦機関中山間条件不利地域研究所で開かれた研究会に参加しました。政府予算で年に2回行っている研究会だそうで、この日の報告はオーストリアの農家民宿経営と利用者についての調査報告でした。

面白かったのは、農家民宿を経営している家族の3割程度が三世代家族で、嫁姑または婿舅関係があるという報告。ただし、オーストリアは直系家族制ではなくて拡大家族制です。

参加者は、オーストリア各地の実務担当者やウィーン在住の研究者計30名程で、ことばはドイツ語。このような研究会では、みなさんきれいな標準ドイツ語で話していて、私にも何とかわかりました。5か月半のウィーン滞在の成果が出てきたのかも知れません。

研究会の後、研究費の残金で図書を購入をすべくウィーン大学構内の書店に寄りました。市内の書店に行くよりも、そちらの方が専門書があるはずとのことでしたが、行ってみたら学生主催の古本屋でした。社会学のコーナーはわずかしかなくて、ジェンダーのコーナーを見たら家族関係の本も少しありました。

その中で1冊、”Frauen in Japan”(日本の女性)という興味深い本があったので購入してみました。なんと1ユーロ(160円)。1978年にスウェーデンで出版されて、ドイツ語版は1982年にフランクフルトの出版社から出されたものです。著者はモニカ・ブラウ(Monica Braw)とヒロエ・グナーション(Hiroe Gunnarsson)とのこと。Dsc01782

まだ買ったばかりなので読んでいませんが、さっとページをめくったら家族写真が。直系家族の嫁の生活を紹介しています。Dsc01783

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レクチャー終わりました!

すこし暖かくなったかと思ったら、また、みぞれ交じりの寒い雨が降る3月13日(木)。こんな日に、滞在先の研究所へのお礼奉公として、英文レクチャーをしなければならないのは愈うつ。もしも、自分が聞く立場だったなら、よほどのインセンティブでもないかぎりパスです。

ここに来て半年近く、寝ても覚めてもドイツ語漬けだったので、英語がおかしくなってしまいました。英語をしゃべっていても、無意識のうちにドイツ語の枠構造を使おうとしています。それと似ている単語。原稿を書いているとスペルミスが・・・。

こちらでレクチャー(Vortrag)と言ったら、普通は20分から30分で、その後に質疑応答が30分くらいあるとか。持ち時間としては学会報告と一緒ですが、聴講する人は社会学者ばかりではないので、あまり専門的な表現はさけなければなりません。

タイトルは<Vulnerability and Sustainability of Family-farm Succession in Rural Japan>と、かなり大雑把。滞在先の研究所の英文名が<Institute for Sustainable Economic Development>なので少しリップサービス。

日本人の家意識や相続慣行などを外国人に理解させるのは一苦労です。以前はさらりと書けた記述も、こちらで現地調査をしてみると、この表現では理解してもらえないだろうなとか、こちらでの慣行と比較して説明しなければとか、基本的なところで時間がかかって肝心な家族調査の分析のところまで進みません。

とりあえず原稿を書き上げてネイティヴチェックに送ったのは12日(水)26:00、つまり前夜の2:00。日本のことを紹介するには、日本のことも知っているネイティヴでないと用をなさないので、結局、いつもお願いしている東京のご近所の方にメールで依頼。日本時間の13日(木)10:00ということですね。

アパートメント・ホテルに戻って軽く食事をしたら朝4:00。それから10:00まで寝て、12:00に研究所に来たらネイティヴチェックが済んだ原稿が戻っていました。日本時間は夜の20:00。時差があると便利ですね。昼夜3交代制の工場のようです。

レクチャーは16:00からのつもりが、教室使用の関係か17:00からになっていて、午後3時間ほどかけてパワーポイントの準備。日本の写真があれば背景に使いたかったのですが、パソコンにあるのはこちらに来てからの写真ばかり。ちょっと色気のないプレゼンになってしまいました(反省)。

パワーポイント25枚にもなり、時間超過したらどうしようと、かなり早口な英語で原稿を読み上げたらセンテンスの切れ目がおかしくなり、滅茶苦茶な英語。学会発表の時は事前に読んでタイミングを計っておくのですが、今回は準備不足だったという感じです(大いに反省)。

とはいえ、おかげでオンタイム、25分程度でレクチャーは終わりました。その後の質疑応答は、研究所のスタッフが10名あまり聴講してくださり、ほぼ全員から質問があったのでおよそ30分。日本の家族経営協定には、かなり関心を持っていただけた様子。

フォーゲル教授からの要望は、「日本のことを紹介してほしい」ということでしたが、やはりオーストリアでのインタビュー調査の結果を聞いてくる質問もあって、一番心配していたことが発生。私はドイツ語のフォークタームの英語定訳を知らないのです。下手な英語で延々としゃべってしまいました(反省)。

最後に、掲示版に貼られているレクチャーのチラシです。

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長い一日

6か月の研修の仕上げとなる英文でのレクチャーを翌週に控え、徹夜明けの3月8日(土)朝、神戸から観光にいらしているご夫婦とカールスプラッツ駅U4ホームで8時半過ぎに合流。オーパ前8:40発のバスでバーデン市へ。

3月8日(土)9:30-12:00なら時間が取れるという、ホイリゲの後継者ベルンハルド・サイデルさんにインタビューをし、かつ、ご夫婦にホイリゲを体験いただくのが目的でしたが、バスが速すぎて、サイデル家の場所を確認する間もなくバーデン市に到着してしまいました。

バーデン市は8回目になりましたが、これまでにないほど風が冷たい朝。サイデル家は2軒あるのですが、寝不足と寒さとで頭が回らず、間違えて違う方のお宅へ。迷っていたら、日本には9回行ったという年配の男性が、わざわざご自宅までマイカーを取りに戻り、うかがう予定のサイデル家まで送ってくださいました。

この方の運転で、さっくりバーデン市内観光も出来てしまったのですが、サイデル家到着は予定よりも1時間も遅れ、11:00にホイリゲがオープンするとベルンハルドさんは忙しく、インタビューどころではありません。13:20頃まで3時間近く滞在したものの、食事をして帰ったという感じになってしまいました。

ベルンハルドさんはまだ30歳前ですが、仕事も趣味もワインづくりのワーカホリック。おそらくバーデンで最大の450席もあるホイリゲを年間100日オープンしていて、1日17時間労働。ホイリゲを閉めている日はブドウ園で1日11時間労働とか。年間2~3週間の休暇も、ガールフレンドとアルゼンチンやチリやニュージーランドのブドウ園視察とか。

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Dsc01746神戸からのご夫婦は、15:00からウィーン楽友協会大ホールで、アーノンクール指揮、古楽器楽団コンセントゥス・ムジクスのバッハ作曲<ヨハネ受難曲>を聴く予定で、バーデン13:30発の近郊列車でウィーンへ戻らなければなりません。

私は残り、その日ならホイリゲを営業しているグライヒヴァイト家に寄り、補充調査をするつもりででしたが、土曜午後のホイリゲは接客のピークということがわかったので、寝不足でもあるし、ご夫婦と一緒にウィーンに戻ることにしました。

コンセントゥス・ムジクスの演奏会は、翌3月9日(日)11:00からの立見券を買ってあったのですが、チケット窓口に行ったら8日の立見券が残っていて、そのままご夫婦と一緒に演奏会を聴きました。開演時間ぎりぎりでしたが、立見席の前から2列目に空いているところがあり、1列目の人も背の低いおじい様だったので、余裕で聴けました。しかし、うっかりカメラをクロークに預けてしまい、ステージ写真は撮れませんでした。

古楽器の音色は素朴で、教会のミサではなかなか聴けない<ヨハネ受難曲>でした。福音史家を歌ったテノールのミヒャエル・シャーデはもちろんのこと、イエスを歌ったバスのゲオルグ・ゼッペンフェルド、アルトのベルナルダ・フィンクもよかったと思います。

この演奏会が何時に終わるのか、これが問題でした。<ヨハン受難曲>は、前半30分、後半70分の曲ですが、楽友協会のサイトでは、3月8日(土)は15:00-17:45、3月9日(日)は11:00-13:15とあって、どうも腑に落ちません。8日も17:15には終わるのではないかと思いましたが、その中間、17:30に終わりました。

速攻でカールスプラッツの分離派美術館に行き、18:00閉館の10分前にさっとクリムトの<ベートーヴェン・フリース>をご夫婦に紹介。ここを訪れるのは10月から実に3回目。1月1日は旗日だったせいか無料、2月22日は学生引率教員は無料とのことで、初めて有料で入りました。以前にも3回くらい来ていますが、無料だったような気がします。

そのままナッシュマルクトのシーフード・レストランへ。私は19:00からの<運命の力>のチケットを持っていたので、30分でシーフードのスープを食べてオペラ座へ。このシーフード・レストラン、ガラス張りで中がまる見え。いつ通っても美味しそうなので、一度、入ってみたかったのですが、ついに実現。いやあ~、美味しかった。月末の帰国まであと3週間ですが、今度、ゆっくり食べに行きたいと思います。

メータ指揮、ヴェルディ作曲<運命の力>プレミエ3公演目。3月1日(土)のプレミエはテレビ中継が入り、アパートメント・ホテルの部屋で食事をしながら観たのですが、凄かった。

Dsc01774テレビでは、超有名な序曲の演奏の間にピストルの映像が映し出されていたのですが、その映像は舞台の幕に映し出されたものでした。なかなか凝った演出です。この映像は、その後もふんだんに使われ、とても効果的だったと思います。

レオノーラを歌ったニーナ・ステッメは、12月のプレミエ<ヴァルキューレ>でもジークリンデを歌い、今シーズンのウィーン国立歌劇場になくてはならない存在。スピントな声で流石です。

プレツィオジッラを演じたナディア・クラステヴァの艶っぽいアルトと、真赤なホットパンツのカウボーイ姿は、他の歌手では無理ではないかと思いました。

Dsc01765 トロンボーン・セクションは、1番キューブルベック、2番マダーシュ、3番ヴェクセルの人で、<ラ・ボエーム>と一緒。このところ、<運命の力>と<ラ・ボエーム>が日替わりで上演されているので、このメンツは出ずっぱり?

Dsc01761オペラの後は、歌科の音大生とカフェでおしゃべりをして、帰宅したら零時をまわっていました。

翌日11時からのコンセントゥス・ムジクスの立見券は、この音大生に差し上げ、夜19:30からのムーティ指揮の演奏会も知らない歌手ばかりの演奏会形式のオペラだったので取りやめ。3月9日(日)はアパートメント・ホテルに籠って英文レクチャーの原稿を書いていました。

なお、この後3月13日(木)の英文レクチャー終了まで、ブログ付けはお休みさせていただきます。

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花粉症

今週から寒気が戻ったのですが、日差しはすっかり春。この時期の日照時間は、日本とあまり変わりません。春の植物は、温度よりも日照時間に左右されるようです。本日、3月7日(金)午後、大学横のトルキッシェン公園で撮影した春の花々をご紹介します。

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春の寒気を、「そらさゆみ、雪に見まごう、桜かな」と詠った俳句がありますが、こちらでは「春服に耳あて」というように表現するとか。

相変わらず、クリーニング店で紛失されたベルトは出てこなくて、ロングコートは着られず、ここ数日、頭は痛いし、鼻はぐずぐず、くしゃみもあって、またまた風邪をひいたようなのですが、このぐずぐず感はそれだけではなさそう。何やら花粉?

北海道には花粉がないというので、気候が似ているオーストリアでも 花粉はないと、安易に考えていました。うかつにも、まったく無防備でした。そういえば、ウィーン・フィル首席トロンボーンのディトマールも花粉症だと言っていましたっけ。

ドイツやスイスでは、大抵の薬局がホメオパシスのレメディも置いているのに、オーストリアでは日本と同じように特定の薬局でしか扱っていません。ウィーン西駅付近の<Apotheke Zur Kaiserkrone>まで行かなければないとか・・・。

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Baeuerinnentag

日本では3月7日(金)に第21回「農山漁村女性の日」記念の集いが開催されたようですが、こちらでも3月5日(水)17:00から、国立ウィーン・ボーデンクルトゥア大学構内で<Baeuerinnentag>(女性農業者の日)の集いがありました。女性有機農業実践家2人と、私の研究仲間で連邦機関中山間条件不利地域研究所女性政策担当のテレジアがパネル・ディスカッションをするというので、少しだけ覗いてみました。

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行ってみたら、集いの前半はゼミナールの卒業研究報告会で、休憩をはさんだ後半がパネル・ディスカッションでした。

ゼミナールの研究テーマは<Traumjob Baeuerin>(夢の仕事、女性農業者)で、とても興味深い調査事例が報告されていました。日本のように嫁姑問題もあるのですが、問題とされるのは「没交渉」。おなじ建物に住んでいても、姑はすべて専用設備を持っていて、2年間まったく顔もみていないとか・・・。「スープの冷めない距離」にはいても、これでは遠居も同然です。欧米の近居は、日本では美化されすぎていたのでは?

Dsc01739_2 後半のパネル・ディスカッションは、実践家の方のドイツ語が早口の上に方言が強く、ほとんど理解できませんでした(涙)。まだまだ修業が足りません。ただ、いずれにしても、お2人とも30代の子育て期の女性で、仕事と家庭の二重労働を課されているというような主張でした。家庭内の性別役割分担は強固なお国柄のようです。

予定よりも30分遅れて21:00にプログラム終了。つづいて立食パーティーがあり、2003年から2004年にかけて東大に留学し、鴨川の里山保全を研究したという博士課程の女性と知り合いになりました。千枚田や里山保全は日本から入ってきた概念で、ドイツ語でもそのまま発音するそうです。

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ラ・ボエーム

3月4日(火)19:30、準メルクル指揮、ウィーン国立歌劇場、プッチーニ作曲<ラ・ボエーム>。この後、7日、10日にもあるのですが、13日に研究報告のレクチャーを控えているので、なるべく早めに観ておこうと思いました。

準メルクルの指揮でボエームですし、ミミを歌うグルジア出身のタマール・イヴェリ(Tamar Iveri)はウィーンでは有名らしく、立見当日券を購入するには開演2時間前から並ばないと屋外待機組になりかねません。

3月4日から急に冷え込み、クリーニングに出しておいたロングコートを取りに行ったら、ベルトを紛失されて着られません。こちらに来て11月に購入したマックスマーラーのキャメルコートなのですが、ベルトで〆ないと防寒の用をなさないデザインなのです。間違えて他の客に渡したとしか考えられないとか。

日本のように顧客リストもなければ控えの伝票もない国なので滅茶苦茶もいいところ。一緒に出したダッフルコートのボタン掛けについては、20%くらいの確率で破損もありうるので、万が一の場合は自己責任という念書を書かされたのに、付属品のベルトが紛失しても自己責任という念書は書かされていません。

どうしても見つからなかったらベルトを買って弁償するというのですが、マックスマーラーが付属品のベルトだけ売ってくれるはずはなく、日本で買えば20万円近い(こちらでも10数万円した)新品なのに大ショック!

ロングコートなしで立見当日券屋外待機組だったらボエームはあきらめようと思っていました。ところがこの日の午後、神戸在住のご夫婦が大量のお漬け物などを持ってウィーンにいらしてくださり、ご夫婦のホテルにお寄りして、途中、ムジークフェラインでチケットをピックアップしていたら、18:10の立見当日券発売時間直前になってしまいました。これはダメかと思い、とりあえずご夫婦にはホテル・ザッハーでお食事をしていていただき、私も遅れてお食事に参加するつもりでした。

ところが意外にもガラガラ。アボシリーズでもあるのに、常連は3月1日(土)ブレミエのメータ指揮<運命の力>を購入されたのでしょうか。立見席も、席の取り方を知らない観光客ばかりだったので、ギャラリー中央左1列目の中央より一番端を余裕で確保。開演までまだ50分もあったので、ホテル・ザッハーでご夫婦とお食事も出来ました。

初日のボエームだったので、1・2幕はリハーサルの初合わせ状態。観客もわかっていなくて、休憩でもないのに1幕の後に中座する人も。後半3・4幕は見ないで帰ろうかと思いましたが、そこはさすがにウィーン国立歌劇場。後半になってどんどん合ってきました。

Dsc01714_4 ミミのイヴェリのほか、ロドルフォ初登場のフィリップ・ウェッブ、マルチェロのボアズ・ダニエル、哲学者のアイン・アンガーもよかったです。

ところでこの演出ですが、まったく同じものでDVDになっているのを観た記憶があります。会場で購入したプログラムでは、いかにもパリらしい印象派の絵画がふんだんに掲載されているのですが、舞台のイメージはブリューゲル風でした。

Dsc01712_2トロンボーンとチムバッソは、1番キューベルビック、2番マダーシュ、ほかはお名前を存じません。チムバッソは音がバリバリしますね。キューブルベックも新しく購入したレヒナーのようでしたが、以前よりもアメリカ管よりの音になったように思います。

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ホイリゲ補充調査

1週間に4日、温泉とホイリゲの街バーデン(Baden bei Wien)へ通いました。というと、温泉に浸かって、ワインを飲んで飽食したように聞こえるかも知れませんが、インタビューの補充調査だったのです。ちなみに私はノン・アルコール人間です。

バーデンでは、11月24日(日)にグライヴァイト家のホイリゲで簡単な予備調査をし、12月16日(日)に長野大学のO先生と愛媛大学のN先生の3人で直売所を訪問して、ホイリゲ協会会長のマイヤーさんご一家にインタビューさせていただきました。こちらに来て最初に入った調査地でしたが、アパートメント・ホテルから片道2時間弱で行ける街なので後回しにして、遠隔地のビュルゲンランド(1月中旬)とザルツブルグ(1月下旬)とスイス(2月中旬)の調査を先に済ませました。

ビュルゲンランド、ザルツブルグ、スイスでは、それぞれ3家族から5家族にインタビュー出来たのですが、バーデンではまだ2家族。しかもどちらも補充調査が必要な状況なので、この2家族の補充調査と、さらに2家族から3家族の事例を収集する必要があります。

このような家族調査は、誰かに誰かを紹介していただき・・・と、スノーボール方式で対象を開拓するしかありません。頼みの綱はホイリゲ協会会長のマイヤーさん。彼が一押しのサイデル家は、3月8日以降ならウェルカムだけど、その前はワインの仕込みが忙しくてNGとのこと。

仕方ないのでゲリラ作戦です。直売所に通い、当直のホイリゲ農家にご協力いただくしかありません。直売所は、月-土の午前10:00-12:30はパートさんですが、午後15:30-18:30と日曜日の午前・午後は当直のホイリゲ農家が勤務していて、温泉の滞在客が時々立ち寄る程度なので、そこそこ暇な感じなのです。

マイヤーさんからの情報では、2月25日からの週はメルツヴァイラー家が当直とのことだったので、教わったメルアドにインタビュー依頼のメールを入れましたが返事がありません。オーストリアでは、現場に行って直接話すしかないことがままあります。

25日(月)15:30に行ってみたところ、以前、11月24日にも勤務していたパートのおばさんでした。メルツヴァイラーさんは忙しく、午後もパートのおばさんが駆り出されたとのこと。翌日の午後はメルツヴァイラーさんのお姉さんが勤務するので、また来てみてくださいとのこと。

これで「ではまた明日・・・」と帰るようでは、フィールドワーカーは務まりません。事情を説明したところ、バーデンで最も長い歴史を誇るホイリゲ、ランベルガーさんのコートがハンガーに掛かっているので、しばらく待っていればコートに取りに来るはず。そこでインタビューに協力してもらったら、との有難いアドバイス。おばさん、ありがとう!

小一時間ほど張っていたらランベルガーさん登場! 突然のことでしたが快くインタビューにご協力いただけました。それだけでなく、近所に日本女性の華道の先生が住んでいるので彼女にも来てもらいますとのこと。さらに、1989年に家族の500年史を編集したので自宅まで取りに行って来ますとか。そんなこんなで、あっという間に18:30になってしまいました。ランベルガーさんには補充調査が必要かも。

2月26日(火)の午後は、メルツヴァイラーさんのお姉さんが勤務されていて、接客の合間にインタビュー。3時間たっぷりインタビューできました。メルツヴァイラー家はバーデンで最も経営規模が大きいホイリゲで、結婚したお姉さんも勤務しているのです。28日(木)19:00から直売所でワイン講座があり、担当講師はメルツヴァイラーさんとか。この講座に参加すれば、本人と話が出来ますよとのこと。

お姉さんにほとんど教わりましたが、やはり経営主にお目にかからないことには・・・と、28日にも。ワイン講座の受講生は私も含めて5人。2人は温泉の宿泊客で、2人は隣のノイシュタットに住む若いカップル。ワイン講座では、講師によるワイン醸造の解説を聞きながら、10種類くらいのワインをテースティングします。本格ワイン党の受講生から専門的な質問もあり、終わったら21:00。これからインタビューというのはあまりにも下賤。というか、私は眠くなってしまいました。メルツヴァイラーさんが、3月2日(日)だったら自分が直売所の当直だからというので、出直すことにしました。

3月2日(日)。本当は午前中に訪問したかったのですが、2月29日(金)から3月1日(土)にかけて、研究室で夜通し、ゼミ生の卒業論文集の編集作業をしていたため、体力限界。研究よりも体調管理が先決です。午後から出かけました。

ところが日曜午後の直売所はコミコミで、しかもメルツヴァイラーさんは口べたなタイプで多くは語らず。逆に、直売所に来たお客さんが珍しがって私を質問攻め。インタビューの録音2時間のうち、1時間50分は雑踏でした。わずか10分程度のインタビューでしたが、バーデンの土地問題、ホイリゲの後継者問題について、貴重な情報をいただきました。

この日は、ホイリゲ協会会長のマイヤーさんのお宅がホイリゲを営業している日。ホイリゲには、ご自慢の水彩画をたくさん展示してあるとのことなので、一度は行ってみないと。元家庭科教員の奥様のお料理も楽しみ。

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Dsc01696ホイリゲでは、飲み物はテーブルで注文しますが、お料理はデパ地下のお惣菜コーナーのように各自がカウンターまで行って注文して、レジで会計してテーブルに持ち運びます。

飲み物の担当は男性。盆栽が趣味という後継者のクレメンス君も手伝っていました。兵役に代わる市民奉仕もあと1か月で終わるそうです。

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こちらでは、夜の食事はカルテシュパイゼ(冷たい料理)。私が選んだのは2種類のテリーヌと、パティと、ホワイトヴルツェル(ホワイトアスパラのようなもの)のサラダ。テリーヌは紫玉ねぎのスライスとバルサミコ酢をかけてマリネにしてくれました。パティ用のパンはスライスして。ホイリゲに来ると、オーストリアの郷土料理の食べ方がわかります。ウィーン市内のレストランだと冷凍野菜を使っているところもありますが、ここはすべて手づくり。薄味で美味しくて、しかもとても安い。これすべてで4.6ユーロ(約730円)。

120席ほどあるお店は顧客で一杯。それでも日曜日の夜は少ない方なのだそうです。マイヤーさんはテーブルをまわってコミュニケーション。マイヤーさんのブドウ園のワインは、ほぼ100%、このホイリゲで販売されるそうです。Dsc01695Dsc01700_4

最後の写真は、2年前に改築したばかりというトイレの洗面台。ゴージャスな生け花は奥様ご自慢のアレンジメント。猫柳は復活祭の植物。鏡に映った水彩画がマイヤーさんの作品。1枚約5万円程度とか。飾るところがあったら購入したいところですが・・・。

マイヤーさんのお宅の営業日は、各月で、2週間連続。日曜日は朝10時から夜12時までなので、仕込みを入れると16時間労働だそうです。

バーデンのホイリゲは、1980年頃は75軒あったのに、2008年は44軒。毎年数軒ずつ廃業しているそうです。家族経営なので、後継者がいないと、高齢の親だけでは長時間労働に堪えられません。この44軒でも、後継者がいるのは25軒とか。

どうやって後継者を確保するかが最大の問題。マイヤーさんは、幼い頃からホイリゲの仕事を手伝わせ、興味を持たせるのが一番だと言います。ワイン祭りなどのイベントを増やしたり、催し物会場でフェアを開いたりして、ワインを味わってもらう機会をつくると、確実に顧客が増えるとのことなので、まだまだ発展の余地はありそう。ワインの味はさまざまなので、インターネットを利用した宅配だけでは、顧客開拓には繋がらないのだそうです。

日本だったなら、付加価値の高い新品種に切り替えるという発想がありますが、20歳のクレメンス君に聞いても、顧客が馴染んだワインの味が出せるのは伝統的なブドウの品種なので、伝統を守るそうです。さすがにオーストリアですね。

気がついたら9時半をまわっていて、時速22キロのローカル鉄道を使って帰宅したのは11時半。ホセ・クーラ登場のオペラ<カヴァレリア・ルスティカーナ>ほかは観られませんでした。

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3月のオペラ&コンサート計画

私のウィーン滞在も残すところ一か月となりました。アパートメント・ホテルの部屋代の支払も、ウィーン市内交通1か月定期券の購入も、そしてオペラやコンサートのチケット手配も、これが最後と思うと、正直言ってほっとします。この5か月で、5年分の体力を消耗した思いがします。

こちらでの義務、研究成果の英文レクチャーは3月13日(木)16:00からと決まりました。レクチャーの持ち時間は、通常20分から長くても30分ということなので、英文5000単語くらいですむことがわかり、これもほっとしました。だったら最初から言って欲しいものですが、直前まで決めないのがオーストリア人の習性。

そこで下記のとおり、3月のオペラ&コンサート鑑賞計画を立て、確定分のチケットもほぼ手配しました。

3月2日(日)19:00-22:15 国立歌劇場 カヴァレリアほか(ホセ・クーラ登場) 予定

3月4日(火)19:30-22:00 国立歌劇場 ラ・ボエーム(準メルケル指揮) 予定

3月7日(金)19:30-21:30 楽友協会 佐渡裕&シュテファン・ドール 予定

3月8日(土)19:00-22:00 国立歌劇場 運命の力(メータ指揮) 確定

3月9日(日)11:00-13:30 楽友協会 アーノンクール指揮 ヨハネ受難曲 確定

3月9日(日)19:30-21:30 楽友協会 ムーティ指揮 ドン・パスカーレ 確定

3月14日(金)19:30-21:30 楽友協会 アーノンクール指揮 ウィーン・フィル 確定

3月21日(金)18:30-21:00 ザルツブルグ 小澤指揮 ベルリン・フィル 確定

3月22日(土)18:30-21:00 ザルツブルグ ラトル指揮 ベルリン・フィル 確定

3月24日(月)17:00-21:00 ザルツブルグ ラトル指揮 ベルリン・フィル 確定

3月26日(水)17:30-22:45 国立歌劇場 パルジファル (ティーレマン指揮) 確定

3月28日(金)17:00-21:45国立歌劇場トリスタンとイゾルデ(ゼゲルスタム指揮) 確定

3月29日(土)15:30または30日(日)11:00 楽友協会 メータ指揮 ウィーン・フィル   *一般発売3月24日(月)9:00

3月30日(日)16:30-19:15 フォルクスオパー トゥーランドット 予定

2月28日(木)の朝、3月28日の<トリスタンとイゾルデ>のチケット購入のため、オーパンガッセのチケットセンター窓口に並びました。これが滞在中最後の国立歌劇場なので、気合を入れて5時起きしようかとも思いましたが、仕事が追い込みだったので、チケット取りに全力投球するのはやめ、7時間の睡眠を確保し、6時半起床、7時半窓口到着にしました。

10月に来てから最初の3か月は、日照時間が短くなっていったこともありますが、1日8時間寝ないと仕事になりませんでした。1月・2月は、日ごとに日照時間も延び、こちらでの生活にも慣れたつもりで、日本にいる時のように睡眠時間が5~6時間になっていました。しかし、異国での生活は、自覚はなくても結構ストレスフルで、睡眠不足が体調不良を招くことがよくわかりました。

2月28日は、7時半到着でも10番でした。8時の発売時間になっても13人程度でした。10月・11月・12月だと、6時前でも15番くらいで、8時の発売時間には長蛇の列だったのに変です。<トリスタンとイゾルデ>が人気ないはずはなく、指揮者のレイフ・ゼゲルスタムもそこそこ人気のはずなので、腑に落ちません。金曜日の夕方17時開演が問題なのか、スター歌手がいないからなのか、などと思いを巡らせましたが、チケット購入の順番がきてわかりました。

窓口は5~6か所あるので、私の順番がきたのは発売時間から5分も経っていない頃でしたが、欲しかったギャラリー左サイドは完売していました。アボ(会員)シリーズの日のオペラは、アボが事前に安くてよい席を買ってしまうため、一般発売券数が極端に少ないのでした。

滞在中最後のオペラだというのに、オケピットのトロンボーンが見える左サイドは、バルコン2列目しかありません。しかし、ゼゲルスタムの指揮も見たいし、3月28日は研究所に出勤する最後の日なので、2時間前から立見当日券に並ぶのは困難だし、<トリスタンとイゾルデ>は上演時間が長いし、バルコン左サイド2列目25ユーロで我慢しました。バルコンは、こちらに来て最初に観た<マノン・レスコー>以来です。バルコンで始めてバルコンで終わることになります。

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