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2008年2月

フランス国立管弦楽団のブルックナー

楽友協会大ホール、2月27日(水)19:30開演、クルト・マズア指揮、ダヴィッド・フレイ(David Fray)独奏、フランス国立管弦楽団、ベートーヴェン作曲/ピアノ協奏曲第2番、ブルックナー作曲/交響曲第7番、やはり立見席はさほど混んでいませんでした。

職場から直行すれば18:30には着いたのですが、途中、3月14日(金)アーノンクール指揮ウィーン・フィルの復活祭シリーズのチケットを購入したりしていたら、19:10になってしまいました。立見席の場所を確保する前に、クロークにコートを預け、トイレにより、プログラムを購入していたら、19:20になりましたが、前から2列目に空いたスペースがあり、確保。

前半のピアノ協奏曲は、1981年生まれの若手ピアニスト。2004年モントリオール国際ピアノコンクール2位受賞者だそうです。アメリカ・ツアーにも同行するそうで、マズアの秘蔵っ子といったところでしょうか。フランス人は小ぶりですが、それに加えてやせ型。まだ少年といった感じです。ベートーヴェンのピアノ協奏曲というと、哲学的なイメージがありますが、古典派であったことを再認識させられる演奏でした。

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後半のブル7は、私の耳が慣れてきたせいか、前夜のブル9を聴いた時とは違った、フランスらしさを見つけることができました。オーケストレーションはマズアの世界なのですが、音の作り方がフレンチなのです。羊羹型の音ではなくて、くさび型になるので、音量はあってもうるさくなく、軽やかなのです。フランス語の鼻濁音のような感じです。2楽章など、ラベル編曲<展覧会の絵>のキエフの大門を思わせる箇所も。フランスのオーケストラがドイツ物を演奏すると、色彩的になるのですね。

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ステージの並びは前夜とは異なり、フレンチホルン4本だけが下手に配置され、テナーホルンを含めたほかの金管群とティンパニは上手に配置されていました。コントラバスは最上列下手に変則的に並び、メロディーラインは常時上手から鳴り響く格好になりました。舞台が狭いので、仕方ないのかも知れませんね。

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マズアの世界

楽友協会大ホール2月26日(火)19:30開演、クルト・マズア指揮、マルティン・ヘルムヘン独奏、フランス国立管弦楽団、ベートーヴェン作曲/ピアノ協奏曲第1番、ブルックナー作曲/交響曲第9番。

私は、前日に続いて18:30まで、バーデン市のホイリゲでインタビュー調査をしていたため、会場当到着は20:00。前半のピアコンはあきらめて、後半のみ聴くつもりで、まずは地階のトイレによりました。この女子トイレの壁のむこうはリハーサル室らしく、ブル9を個人練習しているトランペットの音が筒抜け。本番直前にこんなに吹いて、唇が疲れないかしら?と、他人ごとながら心配。

休憩時間に入ったので立見席に行くと、ガラガラ。中央2列目を余裕で確保。前日のティーレマン指揮、ミュンヘン・フィルのシュトラウス・プログラムが、異常な人気だったことがわかります。25日は国立歌劇場のオペラがなかったため、観光客が楽友協会のコンサートに押し掛けたこともあるかも知れません。しかし、フランスのオーケストラというと、ウィーン市民の関心は低いのでしょうか?

Dsc01677フランスのオーケストラの特徴は、コントラバスがフレンチ棒なので、視覚的にもすぐに違いがわかります。ホルンは当然、フレンチホルン。木管楽器やティンパニの音色が柔らかくて奇麗。みなさんソロ・コンクールで勝ち抜くためのトレーニングを積んでいるのでしょう。そのあたりがまさにフランス。トロンボーン首席は、ミリエール・トロンボーン四重奏団でバストロもこなすジョエル・ヴェイス。使用楽器はもちろんコルトワ。しかし、トランペットは、マズアの指示なのかロータリー。

オーケストラの音色はフレンチそのものなのですが、オーケストレーションはしっかりしたピラミッド型で、前日のミュンヘン・フィル以上にドイツ的に聴こえました。戦前・戦中・戦後をライプチヒで生き抜き、5大陸で活躍する老マエストロ、クルト・マズアの世界でした。

28日(木)は、19:00からボーデン市で調査が入ったため、残念ながら<ロマンティック>のティーレマンとの聴き比べはできなくなりましたが、27日(水)のブル7番ほかは開演時間から聴けそうです。

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ティーレマン指揮、ミュンヘン・フィル

2月24日(日)から楽友協会大ホールでは、連日、ゲスト・オケのシンフォニー・コンサートです。24日(日)・25日(月)はティーレマン指揮ミュンヘン・フィル。26日(火)・27日(水)・28日(木)はマズア指揮フランス国立管弦楽団。

私は補充調査の最終追い込みのため、どの演奏会に行けるか予定は未定だったので、とりあえず5日分すべて立見席各6ユーロのチケットを購入しておきました。

24日(日)は、朝から研究室で調査の整理などをして、ぎりぎり19:25に楽友協会に到着したのですが、日曜日ということで比較的空いていて、常連も少なかったのか、立見2列目に空いているスペースがあり、余裕をもって聴けました。

ブルックナー作曲/交響曲第4番<ロマンティック>。ミュンヘン・フィルの演奏を聴くのは初めて。おなじドイツのオケでも、ベルリン・フィルやバイエルン放送響との違いは何なのか? Dsc01665_2

少なくともトロンボーンに関しては、ベルリン・フィルのようなドイツ管へのこだわりは少なく、アメリカ管を使う人もいて、音がストレートに飛んでくるように感じました。<ロマンティック>の1番はボンヴァン。意外にも、伝統的なドイツのピラミッド型のサウンドというよりも、メロディーラインを浮き立たせるオーケストレーション。1番のアシスタントにバイエルン放送響首席(ホルヒではない方の人)が座っていました。

25日(月)はR.シュトラウス特集で、<ドン・ファン>、<死と変容>、<ツァラトストゥラはこう語った>。私は、18:30までバーデン市のホイリゲでインタビュー調査をしていたため、ホール到着は19:50。前半プログラムはあきらめて、メインだけ立見席の最後列で聴きました。聴いた場所が場所なのでコメントは控えますが、いずれもティーレマンお得意のマッタリ系の棒でした。トロンボーンは、前日と同じように見えました(ただし、アシはなし)。

25日の終演後は、トロンボーン・パートのみなさんの打ち上げに参加させていただきました。チェルビダッケ時代の思い出や、昨年11月の日本ツアーの話など、ボンヴァンの饒舌を楽しませていただきました。隣に座っていたバストロの方に使用楽器をたずねたところ、ベルセクションだけドイツ管にしたBACHを使っているそうです。

ところで、先週末からフェーン現象で、日中は20度近くまで気温が上昇。1週間前は氷点下8度だったので、その差は異常。帰宅は午前様でしたが、夜でもあたたかく、手袋やコートは不要になりました。

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ゼミ生と<蝶々夫人>鑑賞

2月21日(木)のお昼から23日(土)の朝にかけて、ゼミ生4人が卒業旅行でウィーンに寄ってくれました。2月19日(火)成田発、オランダ航空利用、ブダペスト+ウィーン+プラハ鉄道の旅6泊8日、11万円(諸費別)のフリープランとのこと。朝食以外の食事や観光は含まれていないとはいえ、本当に安いですね。

私のガイドを期待して、ウィーンでの予定は白紙にしてあるとか。21日12:08ウィーン西駅着の列車を出迎えて、とりあえず駅構内のゼガフレードでお昼を食べさせながら日程を話し合いました。

私は、調査のまとめや補充調査の日程調整が追い込みで、終日観光ガイドをしてあげられる時間はありません。博物館や美術館などは自分たちでまわってもらい、21日19:30からのオペラ<蝶々夫人>立見と、22日14:00以降の市内観光とショッピングだけガイドすることにしました。

彼女たちのホテルはベルヴェデーレまで徒歩10分のRennwegにあったので、チェックインして少し休んだら、ベルヴェデーレでクリムトなどの絵画を見て、17:30には路面電車Dに乗り、17:45に路面電車Dのオペラ座駅で待ち合わせということにしてありました。

私は分かれて研究所に出勤し、スイスでの調査報告をまとめていたのですが、17:00過ぎに早々とゼミ生から携帯メールが。絵画には興味がないのでベルヴェデーレには寄らず、直接、路面電車Dでオペラ座駅まで来たとか。少し早いけれど、彼女たちにはそのまま立見席の列に着いていてもらうことにしました。

あわてて机を片付けて、オペラ座の立見当日券の窓口に行くと、私が到着した18:00には、長蛇の列は屋外まで延びていました。ゼミ生は早かったので屋内にいましたが、40番目といったところだったでしょうか。

やはり学期休みのせいか列の大半は観光客。「立見席の取り方をご存じの方はいらっしゃいますか? こんなに長い列で、自分の順番でもチケットはあるのでしょうか?」と質問してくる方が絶えません。「大丈夫です。立見席は560席以上ありますし、このあたりなら120番目くらいです」などと説明していたら開演80分前の立見当日券発売時間に。

いつもなら脱兎の如く陣取り合戦が始まるのに観光客の方はのんびりとされていて、私の順番でもバルコン・中央左・1列目がガラ空き。開演まで45分あったので、オペラ座裏手のホテル・ザッハーで、ゼミ生4人とザッハートルテとメラーンジュを(写真1枚目)。

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プッチーニ作曲<蝶々夫人>は日本が舞台なので、オペラ初体験のゼミ生もそれなりに楽しめたようです。ジェンダー論を学んだ彼女たちは、アメリカ海軍の士官ピンカートンが、長崎で芸者の蝶々さんと一時的に結婚し、帰国後はアメリカ女性と正式に結婚するというストーリーに憤慨していました。

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同演出326公演目ということで、常連客は少なかったのでしょうか。それだけでなく、蝶々さんを歌うはずだったマリーナ・メシェリアコーヴァ(Marina Mescheriakova)がキャンセルでフイ・ヘ(Hui He)が代役ということもあったのでしょうか。それにしても、2日前にアイーダ4公演を歌い終えたばかりだというのに、ヘの体力は凄いです。ピンカートンも、下女のスズキも、ヤマドリ公も、すべてウィーン国立歌劇場初登場の歌手でした。

Dsc01621それに対してトロンボーン・セクションは、1番キューブルベック、2番マダーシュ、3番ヤイトラーのベテラン音大教授陣。ヤイトラーは先週末、長野県佐久間でブラスフェスティバルを指導し、19日にウィーンに戻ったばかりとか。大学教授は、みなさん学期休み中はお出かけだったようです。

翌22日は、午前から午後にかけて、ゼミ生4人はシェーンブルン宮殿のチョコレート博物館とプラターの観覧車を楽しんだ様子。

私は、予定より1時間遅れて15:00にオペラ座前で合流。路面電車1番に乗り、車窓から国立歴史美術史博物館とマリア・テレジア象を眺め、自然史博物館前で下車。市民公園、王宮、コールマルクト(デメルでアップル・シュトゥデゥーデル)、グラーベンのペスト塔(写真4枚目)を散策。Dsc01648

地下鉄1番でカールスプラッツへ移動し、分離派美術館でクリムトのベートーヴェン・フリースを見学。ナッシュマルクトで食材を購入して私のアパートメント・ホテルへ。手作りのウィーン風のコンソメスープやウィンナーソーセージで夕食。22:00までおしゃべり。

翌日、プラハ行きの列車で食べたいというので、おにぎりを4人分つくって持たせました。やはり旅の途中では、ごはんが恋しくなるものです。

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スイスの農園継承

お粥と梅干しのおかげで、2月18日(月)午後には、何とかスイスまで調査に出かける体力が戻りました。

ウィーン発15:05・チューリヒ着16:15のフライトは20分遅れ、おまけにスイスはシェンゲン協定国ではないため入国審査に時間がかかります。チューリヒ空港の無料駐車場は15分過ぎると罰金だそうで、出迎えに来てくれたスイス人研究仲間のルートさんはハラハラしたそうです。

ルートさんの性格なのかスイス人の民族性なのか、日本人同様にスケジュール管理が几帳面。同じドイツ語圏でも、行き当たりバッタリなオーストリア人とは習性が異なるようです。

18日(月)は、早速19:00からチューリヒ郊外でインタビュー調査。19日(火)午前は連邦機関アグロスコープとアグリディア(写真1枚目)で農園譲渡の法令について専門家へのヒアリング調査、午後はルツェルン郊外でインタビュー調査(写真2枚目)。20日(水)はバスと電車で片道4時間かかるダヴォースへ移動してインタビュー調査(写真3枚目)と、目一杯のプログラム。

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2月21日(木)は、チューリヒ発8:55のフライトでウィーンに戻らなければならなかったため、3日連続6時起床・7時出発。早朝は氷点下8度の寒さでしたが、朝やけの美しさに感動(写真4枚目)。

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スイスでは1992年から農園譲渡に際して、国が直接所得補償するようになったとのこと。ただし、移譲者(親)が65歳以下、後継者(子)が35歳以下であることが条件になっているそうです。有機農園だ土地評価額も高くなり、中山間地域だと補償額も高くなります。

スイスの年金受給は男性65歳から・女性64歳からと一律で、労働年数によって受給開始年齢が決まるオーストリアは異なります。親は農園を譲渡した後、年金がもらえる年齢まで、後継者の農園でサラリーマンとして働きます。

農園を譲渡した後も、そこで生活できるように、親の居住権を契約文書に明記します。しかし、労働契約は口約束で、例えばチューリヒ郊外の牧場では、朝の搾乳は親、晩の搾乳は後継者。親は日曜が休日の代わりに、後継者はスポーツ休暇と夏休みが取れるというようなルールをつくっています。

ところでダヴォースは、毎年1月下旬に世界経済フォーラムが開かれ、加盟企業のCEO、政治家、学者、ジャーナリストなど、VIPが集まる町。最後5枚目の写真が、フォーラムで使われるシュタイゲンベルガー・ホテル・ベルヴェデーレだそうです。Dsc01595

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お粥に梅干し

2月15日(金)から急に氷点下8度に戻り、ザルツブルグで風邪をひきました。ホテルの部屋が広い割にパネルヒーターはカーテンの後ろに小さいのが1枚、上掛け布団はダウンではなくて薄っぺらの羊毛。夜中に寒くて目が覚めたのですが、あまりの眠さに動けませんでした。

2月16日(土)は、ウィーン市内の学校の学期休みが終わる最後の週末で、ザルツブルグのスキー場で休暇を過ごした観光客のUターンラッシュ。ザルツブルグ中央駅13:08発ウィーン西駅行の列車は予約で満席。かろうじて1等車両に空席があり、追加料金(私の場合、99ユーロで1年間有効なVORTEILScardというパスを購入してあるので、半額の7ユーロ)を払って座りました。

ザルツブルグ-ウィーン間はたった280キロ強。東京-名古屋間よりも近いので、新幹線だったら1時間ですが、特急列車しかないので3時間以上かかります。移動時間を有効に過ごすべくPCを取り出しましたが、気分が悪くなったので、うとうとしながら過ごしました。

2等車両の椅子は布のクロス張りなのですが、1等列車は少し高級そうに見えるビニールのクロス張りで、椅子が広くなっている分、小柄な私たち日本女性にはかえって不快。身体がずるずると沈んでしまうのです。揺れも激しく、酔ってしまいました。

夕方5時過ぎに帰宅し、煮込みうどんをつくったのですが喉を通らず、体温を測ったら7度6分。日本から持ってきた葛根湯を飲んで、そのままベッドに横になりました。

2月17日(日)11:00からのゲルギエフ指揮ウィーン・フィル定期公演チャイコフスキー/交響曲第5番ほかの立見券を、11日(月)9:00の一般発売に並んで購入してありましたが、熱が下がらず、あきらめました。

何か食べなければと、つくったのはお粥。熱いほうじ茶で葛根湯を飲み、「ひとり御膳」で炊いたお粥と梅干し。この食事を3食つづけ、終日寝ていたので、18日(月)には床上げ出来て出勤。

1週間ぶりに調査から帰ったフォーゲル教授にあいさつしたら、彼も週末は同様の風邪で寝込んでいたとか。やはり氷点下8度は、現地人にも堪えたらしいです。ところで、こちらの人は風邪の時、お粥と梅干しの代わりに何を食べるのでしょうか?

2月11日(月)、年末年始に音楽教師の友人が日本から持ってきてくれた栃木産コシヒカリ新米が尽きてしまったので、<日本屋>さんで購入したお米はこれ(写真)。きっとこれがウィーン滞在中最後のお米購入になると思うので大奮発して、亀田製菓が販売している新潟村松産コシヒカリ3キロ約6000円。

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ザルツブルグ青少年フィルハーモニー

2月15日(金)は、ザルツブルグ祝祭大劇場で行われた、ザルツブルグ青少年フィルハーモニー(Junge Philharmonie, Salzburg)の演奏会を聴いてきました。コントラバスとパストロンボーンに、知り合いの日本人プレーヤーがいたためではありますが、1番トロンボーンで天才少年ハンネス・ホルツル君が登場するというので、とても楽しみ。ウィーン-ザルツブルグ間の列車代とザルツブルグでの宿泊費(チケットは出演者に手配いただきましたが)計110ユーロ程度投じました。

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オール・ストラヴィンスキー・プログラムで、<火の鳥>、<ペトリューシュカ>、<春の祭典>。トロンボーンにとってはいずれも難曲。指揮はエリザベス・フックスというザルツブルグ楽友協会事務局の方で、オーボエ出身の方。ストラヴィンスキーよりも、どちらかといえばシューベルトにふさわしい、やわらかい棒でした。

曲目のわりにはコントラバスが4本だけとか、バランスに心配がありましたが、音色はウィーン・フィルに通じる明るい響き。とりわけガンシュ門下の逸材がそろったトランペットは素晴らしかった。1番を吹いた女性はハンガリー人だそうです。トロンボーン&テューバも頑張りました。ハンネス君は、まったく無駄がない奏法で流石でした。

Dsc01504トロンボーン1番と2番は、いずれもレヒナー。打ち上げの終わり頃、いきなり金管3重奏のヨーデルが・・・。向かって左がハンネス君20歳。2年前にブダペストのコンクールでは、バックのハグマンでしたが、レヒナーのハグマンになっていました。

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WPh & ゲルギエフ <悲愴>ほか

2月14日(木)19:30楽友協会大ホールにて、ゲルギエフ指揮、ブロンフマン独奏、ウィーン・フィル演奏会を聴きました。ドビュッシー作曲<牧神の午後への前奏曲>、プロコフィエフ作曲/ピアノ協奏曲第2番、チャイコフスキー作曲/交響曲第6番<悲愴>。

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ブロンフマンは、その昔、まだ若手だった頃、N響とロンドン・フィルで聴きましたが、いずれもブラームスだったため、彼のプロコを聴くのは初めて。ピアノのことはよくわかりませんが、ゲルギエフの指揮でブロンフマンがプロコを弾くのだから、これが正調ということでしょうか。拍手に応えて演奏したアンコールもプロコのようですが、日本の演奏会場のように曲名が張り出されないので不明。

牧神の冒頭のフルートはシュルツ。トロンボーンは1番セイヤーの人、2番ヴェクセルの人、3番シュトレッカーでした。<悲愴>もこのメンバーかと思ったら、トロンボーン1番はCONN8Hを持ったバウスフィールド、2番セイヤーの人、3番ヴェクセルの人になり、シュトレッカーは降り番。ゲルギエフの棒はハイテンポで、歌いたい高弦が遅れて聞こえます。先日の小澤指揮、ベルリン・フィルの<悲愴>が正統的だったのに対し、かなり挑戦的な感じです。バウスフィールドがどのようなコラールを聴かせるか楽しみでしたが、コラールというよりもソロ。3度のきわどい音程もものともせず、<>を効かせて自由自在。

全体に、ピラミッド型のハーモニーを重視するベルリン・フィルとは異なり、高音楽器が歌う<悲愴>でした。コンサートマスターはキュッヒル。おろしあの国はフランスからの影響が強い?

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ムーティ指揮 コジ・ファン・トゥッテ

オペラ三昧最後の2月11日(月)は、セレブ指揮者リッカルド・ムーティの新音楽解釈によるモーツァルト作曲<コジ・ファン・トゥッテ>。トロンボーンが出ないオペラなのですが、ウィーン国立歌劇場2月の目玉公演なので、高学のために発売日にチケット購入。

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ムーティの指揮を見るのが目的でしたが、冒頭から木管がぜんぜん合っていません。新音楽解釈というからには、何回かリハーサルをやっているはずなのに。おまけに<コジ・ファン・トゥッテ>はレスタティーヴォが多いので、指揮はお休みシーンが目につきます。

それでも圧巻だったのは、二人の姉妹と、その二人の恋人を歌った歌手陣。姉はソプラノ、妹はメゾ、姉の恋人はテノール、妹の恋人はバス。ソプラノとメゾの女声二重唱、テノールとバスの男声二重唱、ソプラノとテノールの二重唱、ソプラノとバスの二重唱、メゾとテノールの二重唱、メゾとバスの二重唱、それぞれの独唱。単純な数学の順列組み合せですが、いずれも完璧。声楽の人が惚れこむオペラだけありますね。

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メータ指揮 アイーダ

続いて2月10日(日)は、ズービン・メータ指揮ヴェルディ作曲<アイーダ>。金管奏者にとっては見逃せないオペラです。実は私、<アイーダ>をオペラで観るのは初めて。演奏会形式だと第1幕と第2幕までしか演奏しないので、第3幕と第4幕まで聴いたことがないのです。

Dsc014821月10日の発売日は、学期休みの日曜マチネ公演ということで、チケット争奪戦もなく、肩透かしだったわけですが、来てみたらやはり満席。立見当日券の列はイギリス人学生でいっぱい。オペラ通というよりも観光客ですね。

春節のため、いつもなら大勢いる中国人観光客が少ない公演でしたが、タイトルロールを歌ったフイ・ヘ(Hui He)は実力派中国人ソプラノ歌手。確かに凄い実力でした。こちらでは有名とのことですが、日本ではあまり聞かない名前です。

ラダメスは、フランコ・ファリーナ(Franco Farina)の予定がサルヴァトーレ・リチトラ(Salvatore Licitra)が代役。声はいいのですが、ラダメス役デビューの音程でした。

セレブ指揮者のメータなので期待したものの、ステージ上の特殊楽器アイーダトランペットは慣れないのかぽろぽろ落ちるし、ピットの金管はズレるしで、これが人類の限界なのかも?と思いました。

Dsc01478 チケット購入時、トロンボーンが見えるGALERIE SEITE LINKS1列18番を指差したのに、反対側のRECHTS1列18番を渡されてしまいました。ここだとトロンボーンは見えないかと心配でしたが、身を乗り出したら見えました。前日に続いて、1番セイヤーの人、3番ストレッカーでした。2番は名前を存じ上げない方でした。聴くだけでも疲れるところ、連日の演奏は重労働ですね。お疲れ様でした。ここからはコンサートマスターがしっかり見られて、ヒンクでした。彼は今期で引退するためか、ほとんど乗りっ放し。お疲れ様です。

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さまよえるオランダ人

2月8日(金)までにザルツブルグ州での調査ノートを整理して、2月9日(土)からは3日連続オペラ通いが目標でした。残念ながらノート整理は終わりませんでしたが、一か月前の発売日、早朝から窓口に並んでゲットしたチケットです。あとの公演日はチケット完売ですから立見に並ぶしかありません。ということで、結局、オペラ通いとなりました。

2月9日(土)はワーグナー作曲<さまよえるオランダ人>。ワーグナーのオペラの中では比較的短い作品なので、日本でも演奏会形式で取り上げられることが多く、トロンボーンのオーディション曲でもあるので聴いておかないと。指揮は来日公演でも同行したことのあるウルフ・シルマー。

Dsc01481 2003年プレミエのクリスティーネ・ミリッツ(Christine Mielitz)による演出29公演目。思いのほかよかったです。2001年にベルリン・ドイツ・オペラで観たゲッツ・フリードリヒの演出は舞台中央に大型船があるだけでしたが、こちらの演出はお金がかかってますね。まず、船の甲板が2つに分かれて動くし、第2幕の娘たちの糸紡ぎシーンは明るくて美しいし、圧巻は最後、ゼンタがオランダ人へ貞節を誓って水中に身を投げるところで炎上装置! なぜ水中で炎?という不自然さは残るものの、さすがにオーストリアの国家権力をかけている劇場だけありますねぇ。

ゼンタを歌ったソプラノの二ーナ・シュテンメ(Nina Stemme)は、12月の<ワルキューレ>に続けて2月も大活躍です。3月プレミエのメータ指揮<運命の力>でも登場とか。ゼンタを思う若者エリックを歌ったクラウス・フローリアン・フォークト(Klaus Florian Vogt)(写真は『pro:log』2月号14頁)は、ウィーン国立歌劇場初登場。ホルン奏者からテノール歌手へ転身したそうですが、とてもよい声で、イントネーションも安定していました。とかくデブデブになりがちなワーグナーですが、フォークトとシュテンメは美男・美女の組み合わせで、視覚的にも楽しめました。

この日の午後、日本から来たばかりの女性法律学者の友人は、とりあえず下見として第1幕だけ観るつもりが、運よくまずますの立見席が確保でき、バイロイト音楽祭方式で休憩なしの3幕上演だったため、結局、最後まで観ることに。長旅の後でお疲れの様子でしたが、この<さまよえるオランダ人>を観られたのはラッキーだったと思います。

Dsc01469_2 トロンボーン1番はCONN8Hを使ってのバウスフィールド。やはりこの曲は愛器でないとということでしょうか。10月以来、CONN8Hは初めてみました。2番はセイヤーの人、3番はシュトレッカー。この組み合わせは、ドイツ・オーストリア的というよりもアングロ・サクソン的サウンドで、結構マッチしていると思います。

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来客つづき

オーストリアのみならず、ドイツも日本も大学の授業がない時期ということで、来客つづきの毎日です。

2月9日(土)から14日(木)、若い女性法律学者とルームシェアしています。日本からシャンプー、リンス、クレンジングフォーム、ほうじ茶など、沢山の生活必需品を持ってきてくださいました。あと1か月半、物には不自由しなくて済みそうです。

2月13日(水)、クアラルンプールからザルツブルグに演奏にいらしている日本人コントラバス奏者の方が、ウィーンまでいらしてくださるので、一緒にランチの予定です。

2月14日(木)から16日(土)、ミュンヘンに留学中の女性トロンボーン奏者の方が、日本からいらしたピアニストのお友達と一緒に泊まりにいらしてくださいます。

2月15日(金)から16日(土)、ミュンヘンからの来客があるにもかかわらず、私はザルツブルグでお仕事&日本人のコントラバス奏者とバストロンボーン奏者出演の演奏会を聴いてきます。

2月18日(月)から21日(木)は、スイスのチューリヒ郊外ならびにダボスで調査ですが、19日(火)から東ヨーロッパに卒業旅行のゼミ生4人が、21日(木)から23日(土)までウィーンに滞在します。4人とも卒業単位が充足できていればいいのですが・・・心配。

2月23日(土)から25日(月)、日本の某音楽事務所の社長が、私のアパートメント・ホテルにご滞在予定です。お土産は「とらや」の羊羹のはず。このあたりでは、パリまで行かないと「とらや」はないので、羊羹、楽しみにしています。

2月24日(日)と25日(月)、ミュンヘン・フィルのウィーン公演で来る、ドイツ人女性のファゴット奏者と食事の予定。

3月4日(火)から9日(日)、日本の研究仲間がご夫婦で観光にみえます。私のアパートメント・ホテルや大学周辺をご案内予定です。

生憎、こちらでの調査研究の追い込み時期のため、観光ガイドも出来ず失礼いたしますが、どうかお許しください。

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オーストリアの郵便料金

2月5日(火)に帰宅したら、日本からEMSが届いていました。この4月に出版する『地方からの社会学』というテキストの初校ゲラで、特急で作業して、編集部へ送り返さなければなりません。

6日(水)と7日(木)は、まるまるこの作業にあて、先ほど8日(金)午前10時、ウィーンの中央郵便局から発送してきました。

しかし、それにしても、国際EMSの高いこと高いこと。初校ゲラB4で15枚程度350gでしたが、EMSで送ると50ユーロ(=8,000円)だそうです。ちなみに日本から届いたEMSは1,500円でした。

とてもではありませんが、EMSでは送れないので、航空便で送りました。航空便でも6.85ユーロ(=1,100円)でした。所要日数5日から7日だそうです。

ついでに、3月末に帰国する際の別送品について、料金を確認させていただきました。航空便は高すぎて使えないので、船便しかありません。船便だと3週間で、2キロは21.20ユーロ(=3,400円)、10キロは57.20ユーロ(=9,200円)だそうです。船便は扱いが荒いので心配ですが、保険は付いているそうです。

私の場合、こちらで集めた資料や書籍が多いので、印刷物用の料金はないか聞いたところ、以前はあったけれど、郵政民営化で統一料金になったとか。印刷物は20キロちかくありそうです(涙)。

料金表をもらって眺めたら、<ワイン料金>というのを発見! ワイン3本、6本、12本の料金が決まっています。しかし、残念ながらEU圏内だけで、日本は対象外のようです。オーストリアのワインは安いのですが、日本までの送料の方が高そうです。船便で3週間かけて送ったのでは、瓶が割れそうです。

ウィーンは、ハンガリー国境、スロバキア国境、チェコ国境まで、電車でそれそれ1時間程度なので、そこまで行って発送すると安いと聞いたことはあります。しかし、確実に送れるかどうかわかりません。

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月~金(Ferien)?

ウィーン市内の交通機関、バス、路面電車、地下鉄、電車の時刻表は、月~金(Schule=学校あり)、月~金(Ferien=休暇)、土、日祝で異なります。土と日祝はわかりますが、いつが月~金(Schule)で、いつが月~金(Ferien)なのか、これが問題です。月~金(Schule)だと5分毎、7分毎に走っているバスでも、月~金(Ferien)は10分毎とか、なかには運休の路線もあるのです。

オーストリアの大学は、先週で冬学期が終わり、今週から3週間は学期休み(Semesterferien)なので、もしかしたら、大学前に停まるバスは月~金(Ferien)で運行させているかも?と思ったのですが、このSchuleは義務教育の国民学校(Volksschule)と基幹学校(Hauptschule)のことで、国民学校と基幹学校のSemesterferienは1週間だけ。州によって今週1週間、来週1週間、再来週1週間とズレているそうです。それでウィーン市の場合は、来週が月~金(Ferien)なのだそうです。オーストリアは連邦制であって、日本のように全国一律ではないということを改めて実感。

今年の手帳は、こちらの文具店で購入したのですが、なぜかドイツ製で、巻末の付録は2008年のドイツ各州のFerien一覧。私が買い間違えたのかも知れませんが、オーストリアで売っているのだから、オーストリア各州のFerien一覧も付けて欲しいものです。

それで、このドイツ各州のFerien一覧を見ると、バイエルンなどは2月5日がファッシング(謝肉祭)のメインの日なので、2月4日から9日がFerinen。そういえば2月6日は中国では春節、日本も2月4日が立春でしたね! こちらウィーンも、日差しはすっかり春になりました。

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BPh & ラトル <ダンス・プロジェクト>

これが今期最後のベルリン詣のつもりで、2月2日(土)の<ダンス・プロジェクト>を聴きに行ってきました。

6時起床、6時47分の電車でウィーン空港へ。8時45分ウィーン発、9時55分ベルリン着。その後は、最後なのでクーダムでも散歩しようと、ツォー駅行のバスに乗るつもりが何か変です。バスの運行表に×が付いていて、テーゲル空港からベルリン中央駅経由アレクサンダー広場行しかありません。意味不明でしたが、ベルリン中央駅に降りるのは初めてだったので、予定を変更して、ベルリン中央駅からフリードリッヒ・シュトラーセ駅へ出て、そこで最後の散策をすることにしました。

例によって書店のDUSSMANNに寄り、地階のCD売り場ブラス部門を見たら、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスのトロンボーン奏者ゼバスチャン・クラウゼのオルガン伴奏のCDがあったので購入。ドイツは消費税が19%になり(そのうち20%になります)、19.99ユーロもします。しかし、クラウゼのCDは日本では入手困難なのと、持っていなかった音源のホルスト作曲<トロンボーンとオルガンのための二重奏>が買えたので、とりあえず満足。

ウンター・デン・リンデンのコーミシェ・オーパの前からバスでベルリン国立図書館まで移動しようとバス停で立っていましたが、いつまで待ってもバスが来ません。中国人留学生3人組みに道を聞かれ、改めてバス停の電光掲示板に目をやったら<15時までストライキ実施中>、あらら・・・。以前、ロンドンでヒースロー空港に着いたら完全ストライキで、乗合タクシーで移動したことを思い出しました。

考えてみたら、ウィーンではストライキなんてありません。オーストリア政府はもともと共産主義的なので、労働者の勤務時間も守られていて、未だに日曜日は完全にお店が閉まります。2008年1月1日からスーパーなどの営業時間が平日7時まで延びて、「買い物はできて便利だが、それでよいのだろうか?」などと新聞で議論されているくらいです。研修先がウィーンでよかったと、しみじみ実感。

中国人留学生3人組はツォー駅まで行きたいというので、とりあえず一緒にフリードリッヒ・シュトラーセ駅へ戻り、S-Bahnでポツダム広場駅へ行き、国立図書館へ。ザルツブルグ州での調査ノートを整理していたら6時前になり、あわてて片付けて6時にフィルハーモニーの楽屋口でチケットをピックアップ。

この<ダンス・プロジェクト>は、映画『ベルリン・フィルと子どもたち』にあるように、元東ベルリンのトレプトーア公園(Treptower Park)にあるアリーナで催されます。S-Bahnのポツダム広場駅からズードクロイツ駅へ出て、そこで環状線に乗り換えてトレプトウ駅で下車、徒歩8分でアリーナです。3年くらい前にベルリンにも環状線が出来て、まるで東京の山手線です。電車の一日乗車券AB地区が6.10ユーロにもなるのがわかります。ベルリン市がどんどん広くなってきているのです。物価が安いのがベルリンの魅力だったのに、ウィーンより高いです。

トレプトウ駅に着くと暗くてよくわからなかったのですが、東ベルリンも変わりました。マクドナルドなどもあり、西ベルリンと変わりません。それでも、あまり衛生的な感じがしないアジアン・ショップなどがあるところを見ると、西よりも物価が安いのでしょう。映画『ベルリン天使の詩』に出てきたポツダム広場の光景が懐かしい。私でさえ、そう思うのだから、もともとのベルリンっ子はどのような思いでしょう。

<ダンス・プロジェクト>は、映画になった<春の祭典>(2002年1月)、<ダフニスとクロエ>(2004年2月)、<火の鳥>(2005年4月)と続き、それ以降はよく存じていませんでしたが、2008年2月2日と3日は、1951年生まれのドイツ人作曲家ハイナー・ゲッブルスの<Surrougate Cities>。女声ヴォーカル1人、男声ヴォーカル1人、男声の朗読などをする人1人が加わる、7楽章編成。1994年フランクフルトで初演、ベルリン・フィルでは2003年9月23日にラトルで演奏、今回が2回目。

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Dsc01462アリーナの中央にオーケストラが配置され、その周囲でダンサー。多国籍の子供たちほか、プロのダンサーによる少林寺拳法や、高齢者のダンスも。床をチョークで塗りつぶしたり、模造紙の上に一人が寝ころんで、もう一人が寝ころんでいる人の影を模造紙にマジックでなぞったり、その模造紙を丸めてボール状に立てたり・・・と、不思議なダンス。映画『ベルリン・フィルと子どもたち』でドキュメントされた振付の方ではない、ローゼンベルグという人の演出でした。

演奏は、すべてマイクロフォンで拡張され、単なる効果音。生演奏とはいえず涙。こんなに難しい曲なのに奏者が可哀そう。とはいえ、奏者もそれなりに楽しんでいる様子。ベルリン・フィルハーモニーからアリーナは結構遠く、団員はフィルハーモニーで着替えてバス移動。

コンサートマスターはスタブラヴァだった様子ですが見えず。フルートはパユ、ヴェーバーほか。クラリネットはトラ。ホルンはドールとシュレッケンベルガーは見えました。トランペットはヴァレンツィとヒルツァーほか。トロンボーンは1番オット、2番清水真弓さん、3番ライエンデッカー、4番コントラバス・トロンボーンはベルリン放送響のトラ。テューバはハンブルグ国立歌劇場のトラとヒュンペル。ティンパニは見落としました。

オットは2003年にも同曲を吹いたそうですが、すっかり楽譜を忘れていたそうです。High-EからべダルのEまで4オクターヴもあって、物凄く難しいそうですが、客席からは単なる効果音としてしか聞こえませんでした。ごめんなさい。

7時30分開演が押して7時50分頃に開演。休憩なしで9時10分くらいには終演。団員はバスでフィルハーモニーに移動し、そのままカンティーネでビールを飲んだ模様。

2月3日(日)の朝は、9時15分ベルリン発、10時25分ウィーン着の飛行機で戻り、午後から研究室で仕事。このブログを付けていたら、日付が変わって4日の0時15分。いま頃ベルリンでは、昨夜同様に打ち上げをしていることでしょう。

滞在24時間未満のベルリン詣では、決して楽ではありませんでした。10月から6回のベルリン詣、われながら大変お疲れ様でした。ベルリン・フィルは、この後、3月にザルツブルグ復活祭音楽祭で聴く予定です。

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金管楽器工房レヒナー

ビショフスホーフェンと言えば、トランペットで有名なレヒナーの工房があるところ。レヒナーのトロンボーンというのは知らなかったのですが、マイスターが新しい世代になり、それまでドイツ管だったのが大きく変わり、スライドもアメリカ管形式になったとか。

1月30日(水)の夕方、夜のインタビュー調査前に、金管楽器工房レヒナーに寄りました。ビショフスホーフェンの市内にあるのは店舗で、工房は、少々奥まったややこしいところにあります。

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調査出張の準備で慌ただしく、マウスピースを携帯し忘れたので、お店のBACH6+1/2Aを借りて、何本か試奏してみました。マウスピースのシャンクはBACHシャンクでした。

マイスターが隣で見ていて、私に合いそうなベルやスライドや抜き差し管を組み立ててくださいました。バルブはスイスから輸入しているハグマンが主流で、見た目は重そうです。しかし、吹奏感はオールドCONNを吹いた時のように軽く、ウィーン・スタイルの奏法を目指すにはいいかも知れません。上から下まで楽に出るので、これでウンナーワルツを吹いたら気持ちよさそうです。あまり長時間さわっていると欲しくなってしまいそうなので、適当なところでやめておきました。

そのまま帰るのも気がひけたので、アルミン・バッハマンのCDなど3枚購入して出てきました。

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ザルツブルグ州での調査報告

1月29日(火)から31日(木)にかけて、ザルツブルグ州ミュールバッハ地区(Gemeinde Muehlbach)にてインタビュー調査を実施いたしました。ミュールバッハへは、ウィーン西駅からザルツブルグ経由で4時間ほど行ったビショーフスホーフェン駅で下車(写真1枚目)。そこから先17キロは、乗合バスは日に2本しかないので、宿泊先の農家民宿の方に車で迎えに来ていただくしかありません。Dsc01423

ミュールバッハは、3000メートル近いホーフケーニッヒ山を望むスキーリゾート地です(写真2枚目)。この地域がリゾート地として発展したのは、スキーリフトが整備された1960年代から1970年代で、冬はスキー、夏は登山を楽しむ家族連れがマイカーで押し寄せ、農家民宿(Ferien am Bauernhof)(写真3枚目)に長期滞在します。1995年のEU加盟以後は、オーストリア国内のみならず、ドイツやオランダからも大勢が訪れ、さらなる発展を遂げています。オーストリアの国土の4割は山岳地域であり、ミュールバッハのように観光農業が栄えています。オーストリアでは、山は貴重な観光資源となっています。Dsc01437Dsc01422_2

農業は、牧畜をはじめ畜産が中心で、アニメ「アルプスの少女ハイジ」で見るように、夏はアルムに放牧、冬は畜舎という高冷地農業です。今回の調査は、ミュールバッハの兼業農家に嫁いだ36歳の獣医さんに対象者をご紹介いただき、計5家族にインタビューしました。

ザルツブルグ州の特徴とのことですが、屋敷地には屋号(Hofnamme)があり、それぞれ数百年の歴史を持っています。親世帯と子世帯は同じ屋敷地に別棟別居していて、日本のように準同居ではありません。年金生活に入り、後継者に相続した後も屋敷地に住み続けられるように契約文書を交わすこともあります。親の介護が必要になったら、同じ屋敷地に住む嫁が面倒をみるのがあたりまえで、老人ホームで暮らすお年寄りはかわいそうという意見もありました。

婚外子が一般的で、いわゆる妻問婚とでも言ったらよいのでしょうか。ガールフレンドに子供が生まれても、ガールフレンドは実家で生活をつづけ、子供が2歳か3歳くらいになってから結婚します。実家が遠い場合は、同棲して、子供が生まれて、子供が2歳か3歳くらいになってから結婚します。母子家庭では、子供が2歳になるまで政府が保険料を支給してくれることが、その要因のようです。以前は3歳までだったのが、2歳までに短縮されたそうです。

お隣のフォアアルベルグ州では、3分の1の子供は婚外子とのことです。母子家庭への保険料支給は州の制度なのか国の制度なのか、確認したいと思います。

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キューブルベック <ヨーデルからスウィングへ>

Dsc01467_2調査出張等でブログの更新ができませんでした。大変遅くなりましたが、1月28日(月)20:00-21:30、楽友協会ガラスホール/マグナ・オーディトリウムで行われた、ウィーン・フィル首席トロンボーン奏者ディトマール・キューブルベックの室内楽演奏会、「ヨーデルからスウィングへ」のご報告です。

ウィーン・フィル首席トロンボーン奏者と言えば、イアン・バウスフィールドはソロアルバムも出しているし、ソロリサイタルを聴く機会もありますが、キューブルベックのソロは、日本ではなかなか聴けません。

前半プログラムは、2人の弟子とのトロンボーン・トリオによるオーストリア民謡のヨーデル4曲と、トロンボーン・ソロの名曲、ラーベ作曲/バスタ、クレスポ作曲/インプロヴィゼーション第1番(予定していたベリオ作曲/シークエンツァから変更)、ヴィブラフォン・ソロ、コントラバス・ソロなどが交互に演奏されました。ヨーデルはいずれも2階席で演奏されたため、1階席では、頭上後ろから響を聴く形になりました。

休憩なしで後半プログラム、デューク・エリントンからミルズ・デーヴィスまでのスタンダード・ナンバーに入り、キューブルベックはほとんど休みなしのオンステージ。ヨーデルの伸びやかで明るい響きと、本格ジャズのリズムと音色のヴァリエーションは、ともに自然体の音楽として意外にマッチ。素晴らしいの一言です。

前任者のルドルフ・ヨーゼルは、ウィーン・フィル退職後もジャズ奏者として活躍されていますが、歴代ウィーン・フィル首席トロンボーン奏者はジャズもこなすのが流儀とか。ウィーン楽友協会の月刊誌“MUSIKFREUNDE”1月号pp.37-39(写真はp.37)のインタビューで、キューブルベックはそのように語っています。共演したコントラバス奏者のジュリウス・ダルヴァス(Julius Darvas)も打楽器奏者のミヒャエル・カーリク(Michael Kahlig)も、ウィーン国立歌劇場管弦楽団員でありながらジャズ演奏でも活躍している両刀使い。

トロンボーン・トリオで出演したマルティン・ライナー(Martin Riener)は20歳、ステファン・オブマン(Stefan Obmann)は19歳という若さで、すでにウィーン国立歌劇場やフォルクスオーパにエキストラ出演しているそうです。オーストリアの学校教育制度では、14歳で大学進学か職業訓練か選択し、才能があれば20歳前でも一人前になります。客席は、彼らの援軍か、ちびっこで一杯でした。

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