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2008年1月

BPh & 小澤 in Wien

本日1月28日(月)19:30から楽友協会大ホールにて、小澤指揮、ムッター独奏、ベルリン・フィル、ウィーン公演があります。しかし私は、20:00から小ホール(Glaessrner Saal/Magna Auditorium)で行われるウィーン・フィル首席トロンボーン奏者キューブルベックの“Vom Jodler zum Swing”を聴くので、ベルリン・フィルのウィーン公演は、11:00からのリハーサルで聴きました。

今日は録画が入るため、ドレスリハーサルでした。万が一に備えて、23日のベルリン公演と本日のリハーサルでも録画が入りました。2番トランペットのヒルツァーが上着を着忘れていて、途中で気が付いて、照れくさそうに着用。

リハーサルはチャイコフスキー/交響曲第6番<悲愴>から始まり、休憩をはさんでベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲になりましたが、私は<悲愴>だけ聴いて、サウンドチェックだけして失礼ました。

同じ楽友協会大ホールでも、ウィーン・フィルはシューボックスのホールも一緒に鳴らして演奏するのに対し、ベルリン・フィルはオケ自体が重厚なサウンドで目一杯鳴らします。「音圧」とでも言ったらよいのでしょうか、客席の私たちの身体も共振するのか、聴き終わった後は、演奏し終わった時のような脱力感に見舞われます。

しかし、それにも拘わらず、決してうるさくないのがベルリン・フィル。これが不思議です。個々のプレーヤーのサウンドが温かみを持っていて、それが一丸となってハーモニーをつくっているからでしょうか。

さらにベルリン・フィルの面白いところは、おなじパートの中でも、個々のプレーヤーが個性を持っていて、個性を主張しながらアンサンブルしているところです。一種の戯れとでも言えましょうか。

2月のウィーン・フィル定期公演は、ゲルギエフの指揮でチャイコフスキー・プログラムなので、聴き比べてみたいと思います。

なお、明日からザルツブルグ州へ調査出張のため、今晩のトロンボーンの演奏会の様子は、2月1日にアップ予定です。

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ティーレマン指揮<マイスタージンガー>

ワーグナー作曲、楽劇<ニュルンベルグのマイスタージンガー>。序曲は有名すぎるくらい有名ですが、オペラで見る機会はあまりないと思います。なにしろ休憩を入れると6時間かかりますからね・・・。

ウィーン国立歌劇場1月公演の目玉は、ティーレマンの新音楽解釈による<ニュルンベルグのマイスタージンガー>で、12日、16日、19日、23日、26日に計5公演が上演されました。5公演あっても他の予定と重なることが多く、結局、1月26日(土)17:00からの最終公演で観ました。演出は1975年プレミエの73回目とのことなので、こちらでも上演の機会は少ないのですね。

私は、この6時間もかかるオペラを、すでに2002年4月バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場のフェストヴォッヘで、2万円近い大枚を叩いて観ています。その時は、作曲家リームの50歳誕生祝公演と重なり、16:00-22:00でオペラを観た後、タクシーを拾ってベルリン・フィルハーモニーまで5分で移動し、さらに23:30までリームの誕生祝公演を聴いたのでした。日本から来た2日目で時差もあり、とにかく疲れたという思いだけが残っています。

また6時間か・・・と思うと、つい足が遠のくのですが、新音楽解釈ということで、年明けから何度かリハーサルもあったようですし(新音楽解釈といっても、事前のオケのリハーサルが入るだけのことらしいですが)、土曜日ですし、2ユーロの立見席なら、とりあえず観ておくかな?という思いで出かけました。

17:00開演ということは15:40立見当日券発売なので、その1時間前の14:40にはチケット窓口へ行く必要があります。風が強い午後だったので、屋外に並ぶのは避けたいところ。14:30にチケット窓口に着いて論文を読みながら待機。ギャラリーの48番だったので、トロンボーンが見える左側1列目を余裕で確保。

マイスタージンガーというのは、14世紀から16世紀のドイツで、市井の音楽活動を行った作詞・作曲・歌唱ができる職匠。靴屋・仕立屋などの手工業者を中心に、階層的な歌学校をつくり、厳しい試験を経てマイスタージンガーになったとのこと。その実在の人物である靴屋のハンス・ザックス(写真、『pro:log』2008年1月号5頁)を主人公にしたのがこのオペラ。

Dsc01412登場人物は男声歌手ばかりで、女声はソプラノ1人とメゾ1人。なんだか華がありません。ザックスはストルックマン(Falk Struckmann)、歌合戦の「賞品」にされる娘エーヴァはメルベス(Ricarda Merbeth)、エーヴァに身分違いの恋をする若い騎士にボータ(Johan Botha)、市の書記にエレド(Adrian Eroed)、エーヴァの乳母マグダレーネにゼーリンガー(Michaela Selinger)、マグダレーネに思いを寄せるザックスの徒弟ダーヴィトにシャーデ(Michael Schade)が予定されていましたが、1月12日の初日はボータもシャーデもキャンセルだったとか。最終日26日は、ボータもシャーデも登場しましたが、主役のストルックマンがキャンセルしてコッホ(Wolfgang Koch)が代役。これだけ長いオペラはダブルキャストにした方がよいのかも?。

音楽的には、序曲、第3幕への前奏曲、第3幕の2時間、これだけでも十分ではないかと、今回もまた思ってしまいました。ティーレマンの指揮は、ドイツ・ロマン派好みのどっしり重厚なイメージがあり、2005年3月ベルリン・フィル定期初登場の時、ブルックナー/交響曲第5番を聴いてもう十分と思いましたが、この<ニュルンベルグのマイスタージンガー>の序曲は違いました。フレーズの冒頭はティーレマン流の「溜め」がありますが、その後は軽く流して音は張りません。ワーグナーとはいえ、イタリア音楽に似た印象を持ちました。新たな発見。

トロンボーンは、1番キューブルベック、2番セイヤーの人、3番存じ上げない人でした。リハーサルの時の3番はヤイトラーだったはずなのに、メンバーが交代することもあるようです。新音楽解釈ということなので、パート譜にしっかり書き込みをして申し渡すのでしょうか。

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舞踏会(Ball)

この時期ウィーンでは、毎晩のように各所で舞踏会(Ball)が開かれています。花の舞踏会、菓子屋の舞踏会、狩人の舞踏会、獣医の舞踏会、医師の舞踏会、薬剤師の舞踏会、なかにはホモとレズのための古典的舞踏会まで。ウィーンだけでなく、オーストリア国内どこもかしこも舞踏会のシーズンです。

舞踏会は謝肉祭のオーストリア・ヴァージョンで、ドイツにいくとカーニヴァル、ファッシング、ファストナハトとなります。謝肉祭は、復活祭の40日前の四旬節(断食をする大斎節・受難節)より前に行われるため、今年の場合は1月中旬から2月初旬となります。

ウィーンで最も格式が高いのは国立歌劇場で行われるオペラ座舞踏会(Opernball)で、今年は1月31日(木)。デビューする女性は、白いドレスを身にまとい、頭にティアラを載せて踊ります。チロルで生まれたクリスタルガラス製造会社スワロフスキーは、こちらではティアラの代名詞。

それと同様に有名なのは楽友協会で行われるウィーン・フィルの舞踏会で、今年は1月24日(木)にティーレマンの指揮で行われました。

大学主催の舞踏会で有名なのは、ウィーン経済大学の舞踏会(Wuball)と、私が在籍させていただいているボーデンクルトゥア大学の舞踏会(Bokuball)で、ともにホーフブルグ(王宮)(写真1枚目)を借り切って盛大に執り行われます。元ハプスブルグ家の王宮も、この時期は毎晩のように、市民の舞踏会の場と化します。Dsc01408

女性が舞踏会に出かけるには、まず社交ダンスを習い、ペアになる男性をみつけ、イヴニングドレスを購入する必要があるわけですが、この際は「取材」として、単身、場違いなスーツ姿で、Bokuballに出かけてみました。

1月24日(木)の夜8時から受け付けホールでピアノ三重奏の演奏が始まり、9時からメイン会場のフェストザールで開会のセレモニーが行われました。写真2枚目はホールからフェストザールへ上がる階段。Dsc01406

学生による実行委員会の主催ですが(写真3枚目)、来賓には、環境大臣や同窓生のオーバーエスターライヒ州知事をはじめ、全国の国立大学の学長まで、錚々たるメンバーがお揃いでした。環境大臣は、祝辞だけ述べると、急いでウィーン・フィルの舞踏会へ向かわれました。

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ボーデンクルトゥア大学の学長は女性。彼女がスピーチに立つと絶大な拍手と歓声が。緑色のシックなロングドレス姿は、まるで女帝マリア・テレジア(写真4枚目)。 Dsc01401

開会のセレモニーでは、学生の実行委員によるフォークダンスが披露されました(写真5枚目)。男子学生が来ているスーツも、女子学生が来ているドレスも、いずれも民族衣装でとても高価な物だそうです。日本でいうと着物のようなものなのでしょう。Dsc01382

最後の写真は、ステージ上段で歌う合唱隊。オープニングにはブラームスの<大学祝典序曲>のメロディーを。その後は、フォークソングのヨーデルを。フォークソングは、毎朝、オーストリア国営放送(ORF)で流れているメロディーでした。

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このフェストザールでは去る7月16日、私のアマチュア・オーケストラでもマーラー/交響曲第2番<復活>を演奏したのですが、この合唱隊の場所でバンダが演奏しました。バンダは「遠くから聞こえる」オフ・ステージのパートなのに、ここだとステージ以上に響いていましたね。

10時から学長を始め来賓も参加してワルツに。颯爽と踊る学長の華麗な姿が、とても印象的でした。続けて参加者も加わり、朝の5時まで踊り明かしたようです。翌25日(金)は開学記念日として休講。

私は、開会のセレモニーまでで「取材」終了とさせていただきました。入場料70ユーロは高い「取材」費でした。やはり、踊って、食べて、飲めないと、参加する意味はないようです。

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BPh & 小澤、ムッター <悲愴>ほか

今年はカラヤン生誕100年ということで、ウィーン楽友協会では<カラヤン生誕100年チクルス>として、1月28日(月)ベルリン・フィル&小澤指揮、アンネ・ゾフィー・ムッター独奏、ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲、チャイコフスキー/交響曲第6番<悲愴>、2月22日(金)ウィーン交響楽団&プレートル指揮、ブルックナー/交響曲第8番、6月8日(日)ウィーン・フィル&ムーティ指揮、ヴェルディ/レクイエムの3公演をセットしています。

10月頃から、チクルスでのチケット販売が宣伝されていましたが、私は3月までしかウィーンにいないので、申し込みませんでした。おまけに、1月28日の同時間、同じ楽友協会の小ホールで、ウィーン・フィル首席トロンボーン奏者キューブルベックのソロを含めた室内楽があります。キューブルベックのソロは1回しか聴けませんが、ベルリン・フィル&小澤の公演は1月23日(水)ベルリン、25日(金)パリ、26日(土)ルツェルンでもあるので、これはベルリンで聴くことにしました。

1月23日-24日のウィーン-ベルリン飛行機移動は、閑散期のためエア・ベルリンが片道1ユーロで飛んでいました。実際には燃料税などで往復72ユーロほどしましたが、10月の段階で早々と手配。ところが12月16日になって、1月23日午後便欠航との連絡。夜便に振り替えられていて、「これでは演奏会に間に合わない!」と焦りましたが、交渉の結果、午前便に振り替えてもらえて一安心。

1月28日のウィーンでの公演チケットは、1月7日朝9時一般発売だったのですが、45分で完売したそうです。キューブルベックの演奏会チケットも発売日だったため、楽友協会のチケット窓口に行く必要があったのですが、混乱をさけて10時に行きました。そうしたところポスターにデカデカと「AUS」(完売)の張り紙が・・・。この様子では、ベルリン公演のチケットも手配出来ているのか、やや心配になりました。

やはりベルリン公演も、カラヤン生誕100年の特別公演で、おそらくDVDになるのでしょう、録画も入っていました。乗り番の団員でさえも座席券の入手は困難だったそうで、舞台上の自由席でした。12月の段階で手配してくださったそうで番号は7番。しかし、自由席なので当日の早い者勝ち。そうとわかっていれば、ウィーンでの立見最前列の経験を生かし、開場1時間前から並んで1番乗りだったのに、チケット・ピックアップは開演30分前に楽屋口という約束をしてしまいました。

楽屋口に行くと、すごい警戒態勢。何かと思ったら、小澤の楽屋入りの時間でした。髪の毛も切ってさっぱりした小澤が、マネジャーと連れ立ってひょうひょうと入ってきたので、同窓生としてごあいさつ。少し立ち話をしたら元ベルリン・フィルのビオラ奏者土屋さんが登場、久しぶりだったのでごあいさつ。

自由席では、4列目くらいの中央ややトロンボーンよりでしたが、指揮者、ソリスト、トロンボーン1番の背中はばっちり見られたので、楽屋口での時間も無駄ではありませんでした。

舞台上で後ろから演奏を聴くのは、楽器を演奏する者としては大変勉強になります。前半のヴァイオリン協奏曲では、弦楽器の音が遅れて聞こえ、トランペット、ホルン、ティンパニは直接音が早めに聞こえます。舞台最後列に座るトロンボーンは、弦楽器の音を聞いて合わせるとタイミングが遅れます。2002年にベルリン・フィルハーモニーで演奏した時は、舞台上でもバランスよく聞こえるホールだと思ったのですが、実際には遅れて吹いていたのかも知れません。

アンネ・ゾフィー・ムッターのヴァイオリンは、奏でる音楽に加えてその姿が美しく、とても44歳の子持ちとは思えません。ベルリン・フィルのヴァイオリン協奏曲を生で聴いたことは意外と少なく、8月にザルツブルグで聴いたベルリン・フィル&ラトル指揮ギドン・クレーメルのブルッフを思い起こしました。この若さと美貌の上、巨匠にも劣らぬ音楽的イニシアティブ。天才は違いますね。

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後半の<悲愴>は小澤の十八番。奇を衒わない正統的な解釈。奏者たちの技術とパッションとを十二分に引き出し、誰もが納得いく名演でした。文句なし。

小澤と同級生だという同窓生の中にも、2~3年前に大病をされた方がありますが、みなさん快復されて、以前よりも活動的になられたりしています。小澤も快復といったところでしょうか。

Dsc01372コンサートマスター:安永、フルート:パユ、クラリネット:フックス、ホルン:バボラク、サラ、ヴァーレンドルフ他、トランペット:タルケヴィ、ヒルツァー、トロンボーン:オット、DSOのフォークト、シュルツ、テューバ:ヒュンペル、ティンパニ:ゼーガース。場所の関係で、全員は見えませんでした(涙)。

特別演奏会ということで、客席にはヨハネス・ドムスご夫妻やシュワルベの姿も・・・。ドムスは84歳とはいえ、とてもお元気でした。

[おまけの話] 24日(木)10:00ベルリン/テーゲル発ウィーン行のエア・ベルリンで、6月8日ウィーン・フィル&ムーティ指揮ヴェルディ/レクイエムでバリトンを歌うトーマス・グァストホフが一緒でした。移動のバスでは隣の席でしたが、マネジャーらしき方がいろいろとお話しされていたので、会釈だけしておきました。

仕事のスケジュールが厳しい時でしたが、無理をしてもベルリンまで出かけてよかったと思いました。

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WPh & メッツマッヒャー メシアン<彼方の閃光>

1月20日(日)11:00から楽友協会大ホールにて、メッツマッヒャー指揮、ウィーン・フィル1月定期公演を聴きました。モーツァルト作曲/交響曲 イ長調 作品201、メシアン作曲<彼方の閃光>。

Dsc01363_3 2004年2月初旬、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団で、ヤナーチェク作曲<シンフォニエッタ>ほかを指揮するメッツマッヒャーを見て以来、私は彼のファンです。その時は、ワインヤードになっているゲヴァントハウスの指揮者に対面する座席で聴いていたのですが、音楽できる嬉しさを身体一杯に表現するメッツマッヒャーの素直な指揮。彼の棒で演奏したら、どんな難解なフレーズでもクリア出来てしまいそうです。

偶然にも宿泊ホテルが同じで、翌日の朝食のテーブルが隣で、「昨晩の演奏を聴いていました」とご挨拶したところ、ステージと同じ笑顔で、「あはぁ、ありがとう」。食事が済むと、「お先に失礼します」と・・・。さわやかな人柄がにじみ出てしまう方なのですね。

彼は現代曲を得意とするところから、オーケストラの運営上、賛否両論あるわけですが、前衛的な演出で有名なハンブルグ州立歌劇場音楽監督、新作が好まれるオランダのネザーランド・オペラ首席指揮者を経て、2007/2008シーズンからベルリン・ドイツ交響楽団の首席指揮者と、着実にキャリアを積み上げています。クラシック音楽界にとって、彼の仕事はなくてはならない分野なのです。

まだ若手と思っていましたが、すでに50歳だったのですね。ウィーン・フィル定期公演初登場ということで、3日間(17日、18日、20日)の公演を終えた後の盛大な拍手に応え、深々と何度も頭を下げる姿に、彼の人柄が表れていました。

年配の協会員には受けそうにない若手指揮者の現代曲プログラムでしたから、チケットの売れ行きは良くないだろうという予想どおり、券売には苦労の跡が。通常なら定期会員でチケットが完売し、たまたま期限内に引き取りがなかった残券が、一週間前に一般発売されるシステムなのに、メッツマッヒャーの1月定期は早々と一般発売されていました。いつもは6ユーロの立見席も4.50ユーロにダンピング。これがベルリン・フィルなら空席が目立つ本番になるところですが、行ってみると満席。さずがに観光都市ウィーン。旅行エージェントにチケットが回ったものと思われます。

前夜は打ち上げで帰宅が遅くなり、寝不足もあって体力的にきつかったのですが、ベルリンから遊びに来てくれた友人も一緒だったので、立見最前列で聴かないことには。開演時間の90分前に玄関に行ったところ、舞台下手側のドアには先客が1人。私はトロンボーンが座る上手側のドアねらいだったので1番乗り。立見最前列中央で聴くことができました。

前プロのモーツァルトは、出だしから若々しい軽快なアンサンブル。もうメッツマッヒャーの世界です。コンサートマスターは今期で引退するヒンク。カラヤン時代の彼の若々しい姿が瞼に浮かびます。アンサンブルと音の美しさは流石にウィーン・フィル。

前半のモーツァルトが終わると、後半のメシアンになる前に帰る高齢層。これも予想どおり。

メシアンの<彼方の閃光>は半端ではない大編成。ピッコロ&フルート10本、オーボエ&イングリッシュホルン4本、クラリネット10本、ファゴット4本、トランペット5本、ホルン6本、トロンボーン3本、テューバ3本、打楽器類も多数でステージは目一杯。もしも、これに合唱かオンド・マルトノでも入ったら、楽友協会では演奏不能でしょう。

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写真2枚目は、テューバ2本とコントラバス・テューバ1本、テューバが計3本並んでいるところ。トロンボーンは、1番はセイヤーバルブの2番奏者。2番はマダーシュ、3番はストレッカーでした。

メシアンは、1908年生・1992年没なので、今年が生誕100年。カラヤンと同じ年だったのですね。これまで<トゥーランガリーラ交響曲>をN響と読響で聴いたことがあるだけで、<彼方の閃光>は初めて。6曲目の「7人の天使と7人のトランペット」は、演奏ではトロンボーンが担当。その前の5曲目「愛にとどまる」が、弦楽だけの静かで長~い長~い曲だったので、客席のみならず舞台上でも寝ている人が。6曲目の大音量でびっくり!

打楽器が織りなす様々な響きのコラージュと、ウィーン・フィルならではの贅沢な弦楽器の響き(ストラディヴァリウスが何台使われていることか?)とが黄金のホールを一杯に満たし・・・、人類がこの世で作り出すことのできる最も豪華な空間ではないかと思いました。

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D.シュニーダー作曲バストロンボーン協奏曲

Dsc01348_21月19日(土)19:30より楽友協会大ホールにて、オーラ・ルードゥナー(Ola Rudner)指揮、フィルハーモニア・ウィーンの演奏会を聴いてきました。前プロ:コダーイ作曲<夏の夜>、中プロ:シュニーダー作曲/バストロンボーン協奏曲、メインプロ:ケルビーニ作曲/交響曲ニ長調。

フィルハーモニア・ウィーンは、1995年にルードゥナー氏によって結成された自主運営によるプロの室内楽団で、ハイドン、モーツァルト、シューベルト、シューンベルクなどをウィーン・スタイルの楽器で演奏しているとのこと。

楽友協会の月刊誌“Musik Freunde”のスケジュール表で、月1回名前をみるだけの楽団でしたが、この日は、ベルリン・フィルのバストロンボーン奏者シュテファン・シュルツをソリストに迎えるとのことで、私にとっては注目の演奏会でした。

管弦楽伴奏のトロンボーン協奏曲でさえも珍しいのに、バストロンボーン協奏曲ともなると、音楽の都ウィーンでもそうそうありません。シュルツにとっても一生に一度の晴れの舞台だったようで、家族・親族揃ってベルリンから聴きにいらしていました。シュルツの知人で、半年前からベルリンに住む私の友人も駆け付けて、終演後はシュルツのバースデーパーティー状態でした。

もしも、これがベルリンや東京での演奏会だったなら、トロンボーンのお弟子さんが大勢押し掛けたことでしょう。しかし、フィルハーモニア・ウィーンの顧客層は平均年齢が高く、トロンボーン奏者の姿は見かけませんでした。

作曲家のダニエル・シュニーダー(Daniel Schnyder)はサックス奏者でもあり、1961年スイス・チューリヒ生まれ、ニューヨーク在住。フルートのパユをはじめベルリン・フィル楽団員との交流も深く、2008年3月22日ザルツブルグでの復活祭音楽祭で、続いて3月26日ベルリン・フィルハーモニーで、シュルツもメンバーになっているベルリン・フィルの室内楽演奏会で協演するそうです。

このバストロンボーン協奏曲は、1999年デイビット・タイラーのために書かれたジャズ風の作品です。サックスで吹けば簡単そうなパッセージでも、バストロンボーンで吹くのは容易ではありません。シュルツの完璧なテクニックの見せどころが続きます。そういう意味ではシュルツにぴったりの曲といえましょう。

3楽章編成からなるのだと思いますが、2楽章から3楽章へはアタッカで進みます。2楽章ではアルミホイルで巻いた木製ミュートとバケットミュートを使用。音色の変化を見せたい箇所ですが、全体に伴奏の音量が大きくて、とくに同じ音域のコントラバスがフォルテで被るとバストロンボーンの低音の魅力が隠れてしまって残念。低音楽器のソロは難しいですね。シュルツが使用するドイツ管のTHROJAのバストロンボーンと、タイラーが使用するアメリカ管のバストロンボーンの音色の違いも関係していたかも知れません。

ピアノと打楽器の伴奏バージョンもあり、ベルリンで事前に演奏したそうなので、そちらでも聴いてみたかったです。

ところで指揮者のルードゥナー氏ですが、1月16日に、ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団の日本ツアーから戻ったばかりだったそうです。お亡くなりになった奥様は日本人だったそうで、片言の日本語を話し、東京都国立市のことをよくご存じでした。

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ブルゲンランド調査報告

1月13日(日)から15日(火)にかけて、オーストリア東部ハンガリー国境に位置するブルゲンランド州にインタビュー調査に行っていました。16日(水)までかかる予定でしたが、早朝から昼食もとらずに奔走したため、早めに切り上げることができました。

調査ノートは、終わってすぐに整理しないと記憶が曖昧になってしまうので、16日はこの作業にあてました。17日(木)は、7月に韓国で開かれる国際学会の発表エントリー締切を18日(金)に控えていたため、その英文アブストラクト執筆にあてました。締切ギリギリでしたが、おかげさまで発表エントリー出来たので、晴れてブログ付けの時間が取れました。

ブルゲンランド州は、ヨーゼフ・ハイドンを宮廷楽隊長として重用したことで有名な、ハンガリー最大の貴族エステルハージ家の領土でした。第一次世界大戦でオーストリア=ハンガリー二重帝国が崩壊した後、オーストリア領になりました。エステルハージ家の統治時代は、現ハンガリー領のショプロンが首都で、現在の州都アイゼンシュタットは第二の都市だったそうです。

国土の4割が山岳地帯のオーストリアにはめずらしく、ブルゲンランド州は平地です。しかし、山がないためにウインタースポーツによる冬季の観光収入が見込めず、条件不利地域が多くなっています。今回の調査は、オーストリア連邦機関中山間条件不利地域問題研究所で女性政策を専門にするテレジアの調査プロジェクトに便乗させてもらうかたちで実施しました。

13日(日)の朝は、テレジアの長男で8歳になるフリードリッヒが教会の儀式に出なければならないとのことで、お昼にウィーン郊外のテレジアの家まで行き、そこで昼食をとってから出かけました。サンデードライバーのテレジアの運転は、助手席で見ていてハラハラしましたが、東京とは勝手が違うので替わるわけにもいかず、私は地図を見ながらナビゲーターに徹しました。

ブルゲンランド州は縦に長く、私の研究テーマに即した調査対象はウィーンに比較的近い北方のアイゼンシュタット市内に固まっているのですが、テレジアの調査対象は最南端のハンガリー国境付近に散在していて、片道150キロの道のりを2往復。ウィーン-アイゼンシュタットも80キロありますから、2泊3日で800キロ近く走りました。

質的調査はスノーボール方式で対象者を開拓するしかありません。事前にアポが取れていることは少なく、その日の対象者の口コミで翌日の対象者を紹介していただくという状況で、ほとんど無計画でしたが、計8事例のインタビューが出来ました。

朝7時過ぎから暗くなるまで調査で走り回ったので、アイゼンシュタット市内のハイドン博物館の向かいにある農家民宿に2泊したものの、ハイドン博物館もエステルハージ宮殿も、まったく見ることが出来ませんでした。1枚目の写真は、ハイドン博物館の庭で撮影した、闇夜に浮かぶハイドンの記念碑です。

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夏は、ハンガリーとの国境にあるノイジードラー湖畔のメルビッシュ音楽祭や、<ナブッコ>や<ラ・トラヴィアータ>のオペラ上演で賑わう街なので、いつか夏に観光で来てみたいものです。

アイゼンシュタット市内では、ブドウ園経営の継承事例をインタビュー調査しました。日本の直系家族制と違って女性が継承することも多く、そうすると姓が変わるのに屋号があるわけでもなく、それでいて「わが家は16世紀から続いている」とか。何を拠り所にして家系意識があるのでしょう。

両親がそれぞれの親のブドウ園を継承していると、2人の息子がそれぞれのブドウ園を分担して継承することもあります。父親が年金をもらう年齢に達すると、年下の母親と子どもが一時的に共同経営者になることもあります。さらには親夫婦・子夫婦別居が一般的になっているので、農園=経営体、世帯、家族がイコールではありあません。

年金生活に入ってもブドウ園の仕事は続けるけれど無報酬。後継者や配偶者の給与は特になし。家族・親族がブドウ園を手伝っても無報酬。家族内の労働はアンペイドワークのようなのですが、女性も農園主になれるし、親は50代から年金生活に入るので後継者が農園主になれる日も近い。ということで不平等な感じは全くなさそうです。

2枚目、3枚目、4枚目の写真は、私が泊まった、エヴァさん(35歳)が経営するブドウ園の農家民宿。マーガレット4つの認証は、農家民宿では最高ランク。エヴァさんは、この自宅でワインセミナーも開いています。なんともロマンチックなインテリア。2004年に新築したばかりで、1泊40ユーロ朝食付。自家製のブドウジャムが美味しかった。

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Dsc012875枚目、6枚目の写真は、ツェッヒマイスター家のワイナリー。農園主のヨーゼフさんは市会議員を10年務めていて、友好都市の香川県讃岐市にも行ったことがあるそうです。いきなり日本語の名刺が出てきてびっくり。

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テレジアの調査対象者は、こだわりの有機農業者で女性起業家。ブルゲンランド州有機農家連合初代会長のイーダさん、有機ハーブ栽培家で農園療法や啓蒙活動もしているモニカさん(写真7枚目、8枚目)、ボーデンクルトゥア大学で環境マネジメントを学んだ後、エコロジカルな生活を実践しながら生活プランナーとしても活動しているブリギッタさん(写真9枚目、10枚目)、そして、有機栽培農家女性の直売所を経営するテレジアさん(写真11枚目)。

ウィーンでの都会生活をやめて帰農した方が多く、アイゼンシュタット市内の大規模な資本投資事例とは対照的でした。農業生産で生計を立てているというよりも、啓蒙活動やプランナーとしての収入で食べているという感じの方たちでした。

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学期休みがねらい目

本日1月11日(金)は、ウィーン国立歌劇場ムーティ指揮モーツァルト作曲<コジ・ファン・トゥッテ>2月11日(月)のチケット発売だったので、昨日に続き、早起きしてオーパンガッセのチケットセンターに並びました。

トロンボーンはない曲なので、ムーティの指揮さえ見られれば舞台が見えない席でもよいと思ったので、目覚まし時計をいつもより1時間遅く6時にセットして寝ました。ところが暖房を切って寝たため寒くて4時に目が覚め、そうこうしているうちに、隣にあるスーパーマーケットの搬入トラックが来て眠れなくなってしまいました。この搬入トラックは、ほぼ毎日のように朝5時には来て騒音を立てるのでたまりません。

風邪気味だったので6時までベッドに留まり、しっかり朝食をとり、6:46の路面電車に乗りました。チケットセンターに着いたら7:20でしたが15番目くらいで、8時の発売時間になっても20人くらいしか並んでいませんでした。

10ユーロの侍従席でもいいかなぁと迷いましたが、いつものGALERIE SEITE LINKS1列18番があったのでこちらにしました。日本でムーティ指揮のスカラ座公演を観たら、最低でも数万円するので、29ユーロ(約5000円)なら安いかと思いました。

12月のウェルザー=メスト指揮<ヴァルキューレ>新演出の時は、6時前から15人近く並んでいました。大晦日の<こうもり>の時は、前夜から寝袋持参で並んでいました。メータやムーティのようなセレブ指揮者であっても、2月は学期休みでオペラの客が減るということがわかりました。

日本からオペラ鑑賞にいらっしゃる際には、2月の学期休みの時か、日曜の午後公演がねらい目かと思います。

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2月は学期休み

オーストリアの大学は、10月から2月初旬までが冬学期で、2月下旬から6月が夏学期なのだそうです。冬学期と夏学期の間3週間は学期休み(Semesterferien)とのこと。

1月13日(日)から16日(水)にかけて、オーストリア連邦機関中山間地域問題研究所のテレジアと、ハンガリー国境のビュルゲンランド州に調査に行くことになり、それとの比較調査地であるザルツブルグ州で、2月の上旬に調査をするつもりでした。

ところがザルツブルグ州の農家民宿では、2月に入るとオランダから大勢の観光客が押し寄せ、まったく部屋がないとのこと。山がないオランダから、学生がスキーに来ることのようです。職場の秘書に話したら、「ああ、Semesterferienだからね」とのコメント。ザルツブルグ州での調査は、1月29日(火)から31日(木)に前倒しすることになりました。

2月のウィーン国立歌劇場の演目は、ムーティ指揮<コシ・ファン・トゥッテ>、メータ指揮<アイーダ>、シルマー指揮<さまよえるオランダ人>と、観たい物がいっぱい。ザルツブルグ州での調査が1月になったので観られることになりました。

メータは指揮を見たいので立見席ではダメ。今日は2月10日(日)16:00-19:15<アイーダ>の発売日だったので、朝5時起きしてオーパンガッセのチケットセンターに行きました。風邪でだるいこともあり、ぐずぐずしていたら6:03の路面電車になってしまい、チケットセンターに着いたら6:35でした。

この時間だと30番目くらいかと覚悟していたのですが、なんと3番目! 1番目と2番目のおばさまはディレクターチェア持参で5時から座っているそうです。日本では大指揮者のメータなのに、しかも<アイーダ>なのになぜ? おばさまたちの解釈では、「Semesterferienの日曜の午後公演だからね。日曜の午後公演だと空いているしね」とのこと。窓口が開く8:00の段階でも15人程度しか並んでいませんでした。オペラはニッパチが暇?

明日は2月11日(月)19:30-22:45ムーティ指揮<コシ・ファン・トゥッテ>の発売日。トロンボーンが出ないオペラなので目的はムーティの指揮。指揮を見るには立見席ではだめなので明日も早起きです。明日もガラガラならSemesterferienが原因だと思いますが、そうでなければ日曜午後公演が原因? そういえば、1月6日(日)16:00-17:45の<サロメ>を立見で観た元群響バストロ奏者の市村先生は、開演90分前に行ったら4番目だったそうです。

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<ウェルテル>ヴィラゾン復帰に大喝采

1月8日(火)19:00-21:45、風邪で体調不良でしたが、立見でマスネ作曲<ウェルテル>を観ました。立見券は開演80分前から発売なので、90分前に行ったのですがすでに長蛇の列。列が長すぎて廊下には収まらず、屋外に並ばざる得ませんでした。やはり健康あっての立見席です。4時間あまりの立ちは身体に堪えました。

2007年途中から静養のためにしばらく出演をキャンセルしていたメキシコ人リリコ・テノールのローランド・ヴィラゾンが復帰、タイトルロールを歌うというので座席券は即日完売。私は、ネトレプコとの共演で有名な眉毛の濃い青年、という知識しかなかったのですが、彼のウィーンでの人気は桁違いなので、その実力を確かめておかなければと思ったわけです。Dsc01241_3

ヴィラゾンが歌う<ウェルテル>は1月5、8、11日、<マノン>は1月18、21、25日と、ほかにも聞くチャンスはあったのですが、前日の1月7日(月)夕方5時、ウィーン・フィルのバストロ奏者ヤイトラーさんから電話をいただき、急きょ、その日がウィーン滞在最終日の元群響バストロ奏者の市村先生と、3人で会食をすることになりました。その席で、「明日のオペラの後、楽屋口でね」と、ヤイトラーさんと約束してしまっていたのでした。

立見券の番号はギャラリーの103番だったので、バルコンとパルティレを入れて150番目くらいだったのではないかと思われます。このくらいでも、場所はLINKS寄りの2列目が確保出来、1列目の前の人が小ぶりな日本人だったので、舞台もトロンボーン・セクションもパッチリ見られました。トロンボーンは1番バウスフィールド、2番は名前を失念、3番はヤイトラーでした。

ギャラリーの立見席は、たった2ユーロとはいえ、音の響きは一番よいのではないでしょうか。指揮者とコンサートマスターは全く見えませんが、ソロ・ヴァイオリンの音色は素晴らしかったです。どなただったのでしょうか。

それにしても凄いのはヴィラゾンの人気。彼が舞台に登場するや大喝采で音楽が中断。拍手が鳴り終えるのにしばらく時間がかかりました。演出は、ガランチャがシャルロッテを歌った2005年プレミエの26公演目。プログラムにはその写真が。<ウェルテル>上演の歴史として、1986年にホセ・カレーラスがタイトルロールを歌った時の写真も。ヴィラゾン登場後、ホセ・クーラの人気も凋落とか。果たしてヴィラゾンは、世界三大テノールの後続世代を築けるのでしょうか?

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自動温度調整機能付暖房具が必要かと

氷点下の日が続いたと思ったら、1月5日(土)の午後あたりから俄かに暖かくなり、8日、9日は最高10度になり、日中は帽子や手袋が要らなくなりました。とはいえ陽が落ちると氷点下になるので、やはり防寒は欠かせません。

15年前、ウィーンで年末年始を過ごした時には、氷点下14度まで下がった記憶がありますが、近年はそこまで冷え込むことはなくなったそうです。12月15日頃から氷点下の日があるようになりましたが、それでも氷点下4度くらいでした。

やはり地球温暖化の影響です。東京では、真夏に40度を超す日が増えてきましたが、こちらウィーンでは(7月にやはり40度を記録しましたが)真冬に氷点下10度を超す日がなくなったということのようです。

それにもかかわらず暖房具は氷点下用のままなので、就寝前に暖房を止めて寝ないと風邪をひくということがわかりました。考えてみたら、東京では寝る前には暖房を止めていました。

1月4日は最高氷点下2度・最低氷点下4度と寒く、確認したら居間の暖房が止めたままでした。12月24日から29日まで留守をしたので、止めておいたのを忘れていました。居間と寝室と浴室の暖房を全開にしたところ、翌日から暖かくなったため、乾燥がひどく、7日の朝からまた風邪です。

こちらに来てから風邪を引いていない時の方が珍しく、隔週で風邪気味と良好の状態です。よくよく考えたら、暖房具に原因があることがわかりました。暖房具も自動温度調整機能の付いたのに切り替えて欲しいです。

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R.シュトラウス<サロメ>

1月6日(日)16:00-17:45ウィーン国立歌劇場で<サロメ>を観てきました。年末年始の演奏会&オペラ三昧の直後でしたが、サロメの「7つのヴェールの踊り」は吹奏楽コンクールの自由曲としても定番ですし、この日だけの1回公演だったので、1か月前の発売日に座席券を購入しておきました。

タイトルロールを歌ったカミーラ・ニイルンド(Camilla Nylund)は、サロメが十八番の有名な方のようです。ウィーン国立歌劇場でヨハーナン役を初めて歌ったモルテン・フランク・ラーセン(Morten Frank Larsen)はよく透る声で印象的でした。

バーログ(Barlog)による演出で178回目の公演。指揮はステファン・ゾルツ(Stefan Soltesz)。日曜日の午後わずか1幕の短いオペラなので、1回公演でも元は取れるのかも知れません。

Dsc01218_4しかし大変なのは管弦楽伴奏。オケピット目一杯に詰まった4管編成の大オーケストラ。しかもR.シュトラウスの難曲。1回公演ではもったいないような気がします。

舞台装置は、向かって右手が墓穴、左手が大きな階段。これだけ。サロメの「7つのヴェールの踊り」では、ひらひらした貫頭衣を一枚ずつ脱いでいくわけですが、下にババシャツのような肌色の服を着ていて、好んで見るようなストリップショーとは言えません。これなら演奏会形式で聴きたかったというのが本音。

オケピットの下手にいるトロンボーンの演奏が見たかったので、GALERIE SEITE LINKSの座席を注文したのに、チケットセンターのおねえさんが勘違いしてGALERIE HALBMITTE RECHTS5列5番のチケットを打ち出してくれました。

確かに、HALBMITTEだとSEITEよりも舞台がよく見え、RECHTSだと「7つのヴェールの踊り」で大活躍のオーボエやフルートも見られますが、トロンボーンや打楽器が全く見られなくて涙。

終演後、即座に立ち上がって反対のLINKS側の立見席へ移動。オケピットのトロンボーンを写真に納めましたが、これでは誰が演奏しているのか全くわかりませんね。テナー2本、バス1本、チンバッソ、テューバの編成であることだけは確かです。

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シラグーザ登場 セヴィリアの理髪師

1月4日(金)19:30-22:15ウィーン国立歌劇場、ファビオ・ルイージ指揮、ロッシーニ作曲<セヴィリアの理髪師>。

以前、NHKのテレビ放送で見た、どこかのオペラの来日公演と全く同じ演出だったので、演出家Guenther Rennertをネットで調べました。1911年エッセン生まれ、1978年ザルツブルグにて没。今回が344公演目とのことなので、定番の演出なのですね。

Dsc01213_2今シーズンのウィーン国立歌劇場では、11月24日、12月29日、1月4日に上演されましたが、11月24日はメゾソプラノのガランチャがロジーナを歌うということでチケットは即日完売。それに対して12月29日と1月4日は、ルイージの指揮でリリコ・テノールのシラグーザがアルマヴィーヴァ伯爵を歌うというのにもかかわらず、若干の余裕がありました。定番の面子なので、常連はすでに何度も観ているのでしょうか。とはいえ1月4日の公演も、発売2日後にチケットセンターに寄った時点では、舞台が見えない侍従席がわずかに残っているだけでした。

舞台が半分しか見えない席で、トロンボーンも出ない曲なので、今回の目的はひたすらシラグーザのリリコ・テノールを聴くこと。

日本での彼のリサイタルでは、花束を抱えた追っかけおばさまが客席最前列を占拠して大フィーバーですが、ウィーンでは肩透かしを食わされた感じ。宣伝でもシラグーザの名前はほとんどなく、むしろロジーナを歌うミカエラ・ゼリンガーを大きくクローズアップ。月刊誌『pro:log』でも彼女のインタビュー記事が(写真2枚目)。ゼリンガーは2007/2008シーズン、ウィーン国立歌劇場に頻繁に出演するそうです。

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ゼリンガーの清楚な雰囲気はロジーナにぴったりではありましたが、ステージの主役はやはりシラグーザでした。幸い、アルマヴィーヴァ伯爵は上手から登場することが多く、第1幕でギター片手に歌うところも、GALERIE GANZSEITE LINKS2列4番の私の席からバッチ見られました(感激)。第2幕第2場のアリアの後は、盛大な拍手に応えてシラグーザ投げキッス! このチャーミングなステージマナーにおばさまファンが集まってくるわけです。

普段ならカーテンコールもそこそこに帰宅する私ですが、しばらく残って客席の反応を確認しました。シラグーザへの喝采がひとしおだったことは言うまでもありませんが、ゼリンガーと、ウィーン国立歌劇場デビューを飾ったフィガロ役のロベルト・デ・カンディア(Robert De Candia)と、それとバジリオを歌うはずだったアイン・アンガー(Ain Anger)の代役ヴァルター・フィンク(Walter Fink)に盛大な拍手が贈られていました。

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やっぱり国産は美味しい!

日本はまだこの後も、七草、小正月と新年の行事が続きますが、こちらはすでに1月2日から平常勤務。私のアパートメント・ホテルのクリスマス飾りも撤去されてしまいました。

12月中旬から陽が沈むと氷点下の日が続いていて、今日はとりわけ寒く昼間でも氷点下4度。しかし、天気予報によると明日からは気温も上がり、週明けには最高気温が10度にもなるそうです。日照時間が伸びてきたからですね。

冬至前後の薄暗い寒い時期は仕事にもならず、クリスマスでもないと気分が滅入ってしまう。デュルケームの聖俗二元論のとおり、日常の労働(俗なる生活)とお祭り(聖なる生活)は二項対立的。

ということで、こちらの新年行事は終わってしまいましたが、12月中旬から年末年始にかけて日本から3名の来客があり、たくさんの日本食材を持ってきていただいたので、3か月ぶりに国産の正月料理を味わっています。

愛媛大のN先生、徳島大NPOの梅干し、鳴門わかめ、干しシイタケ、北海道産こんぶの佃煮、大福茶などなど、大量にありがとうございました。こちらでは深蒸しのお茶が買えないので、かりがねの粉茶はありがたいです。日もちする栗ようかんなどは大事にとってあります。

長野大のO先生、上田市ツルヤ上田原店の市田柿をありがとうございました。ウィーンの日本食材店<日本屋>で乾燥ゆずが買えて、大根と人参はスーパーでも買えるので、柿なますも出来ます。

そして音楽教師のHさん、栃木産コシヒカリの新米、重たいのに本当にありがとうございました。今朝、<ひとり御膳>で炊いてみました。こちらで買えるカルフォルニア産のコシヒカリ種やひとめぼれも、そこそこ美味しいとは思っていましたが、やはり国産の新米は桁違いに美味しいです。たくさんの黒豆もありがとうございました。甘すぎなくて、これならたくさん頂けますね。

国産の切り餅1キロ袋を<日本屋>で買ったので、1人だと小正月過ぎまで持ちます。お餅があるうちは、まだしばらく正月気分です。

蛇足:鳴門わかめの賞味期限が1月5日だったので、今朝は多めにおにぎりを作り、研究所の同僚にもお裾わけしました。日本好きのエリザベスは違いがわかったようで、「ウィーンでもお寿司は買えるけど、こんなに美味しいおにぎりは食べられない」と、食材の産地をたずねてきました。ボルビックで炊き上げた栃木産コシヒカリ新米、徳島大NPOの梅干し、鳴門わかめ、山本山の海苔を使用。これは日本で食べても贅沢ですね。

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フォルクス・オーパ ホフマン物語

フォルクス・オーパ、2007年12月プレミエのオッフェンバック作曲<ホフマン物語>、2008年1月2日(水)の第5回公演を観てきました。

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1枚目の写真はプログラムの表紙。年末のウィーン市内には、このポスターがあちこちに掲示されていました。詩人ホフマンが語る、3人の女性との恋物語。中央の顔がゼンマイ仕掛けの人形オランピア、向かって右の顔が歌手のアントニア、同じく左の顔が高級娼婦のジュリエッタ。

<ホフマン物語>と言えば、ベルリン・コーミッシュ・オーパ。1970年に映画化されたとのことですが、残念ながらまだ見る機会がありません。しかし、2001年3月にベルリン・コーミッシュ・オーパで見た<ホフマン物語>は、私にとって特別な思い出。その時のイメージが強すぎるのか、今回の新演出はあまりにも前衛的で、薄気味悪さが残りました。

Dsc012052枚目の写真もプログラムから。後ろの黄色い服の人形がオランピア。上半身と右手だけが人間で、その他は造りもの。左足がご太くて、右足が棒のようになっていて、これが何で理想の美女なのか不明。前の青いワンピースの女性はミューズ。おでこが禿上がった鬘になっていて、人工的な髪。ここに登場する女性のヘアスタイルはすべてこれ。

そうでなくても登場人物が多すぎてマッタリなストーリーなのに、コスチュームが懲りすぎていて、何を象徴しているのか意味不明。未完のまま作曲者が死去した、謎の多い作品であることを暗示したいのでしょうか?

とはいえ、オランピアが歌う<生垣には、小鳥たち>は、エカテリーナ・レキーナ(Ekaterina Lekhina)が見事なコロラトゥーラを聞かせてくれました。

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ウィーン交響楽団&ヨルダン <第九>

元旦の夜はコンツェルト・ハウスで、フィリップ・ヨルダン指揮、ウィーン交響楽団、ベートーヴェン作曲/交響曲第9番を聴きました。日本では年の瀬に<第九>を聴きますが、ウィーン交響楽団のジルベスター&ニューイヤーコンサートは毎年<第九>。12月30日、31日、1月1日と続きます。合唱はウィーン・アカデミー合唱団、ソプラノ独唱エミリー・マギー(Emily Magee)、メゾソプラノ独唱ヤニーナ・ベックル(Janina Baechle)、テノール独唱ヨハン・ボータ(Johan Botha)、バリトン独唱ファルク・ストラックマン(Falk Struckmann)。大晦日に続いて、元旦にもボータのテノールを聴くことに・・・。

Dsc01196注目は若手指揮者のフィリップ・ヨルダン。チューリヒ生まれの33歳。アルミン・ジョルダンは父。2006年・2007年のシーズンからベルリン国立歌劇場の首席客演指揮者に就任。2009年・2010年のシーズンからはオペラ・バスティーユの音楽監督。すでにベルリン・フィル、ウィーン・フィル、スイス・ロマンドなど名門オーケストラでも客演。切れのいい、わかりやすい指揮でした。まだ日本のマネージメントは付いていないのでしょうか?

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シュテファン寺院 元旦のミサ

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Der Herr Kroent das Jahr mit seinem Segen

元旦は、シュテファン寺院で10:15が行われたミサに参加してみました。礼拝音楽を聴くのが目的で、敬虔な信者の方にはうしろめたい気分・・・。

W.A.モーツァルトの曲を混声合唱と管弦楽で演奏するミサとなっていましたが、他にも礼拝の中でミヒャエル・ハイドンの<ドイチュ・ミサ>からグローリアやサンクトスなども演奏されました。

6か月のウィーンでの研修も折り返し地点。日本にいると雑事に追われ、出来ることで済ませてしまいがち。残りの3か月で、新しいテーマを見つけられればと思います。

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大晦日恒例 ウィーン国立歌劇場<こうもり>

12月31日(月)19:00からはウィーン国立歌劇場大晦日恒例のJ.シュトラウス作曲<こうもり>。11月24日のチケット発売の様子からも、客層が普段とは異なることが予想されましたが、案の定いろいろな方がいらっしゃいました。

私は座席券を購入済みでしたが、チケットがない友人の立見席を確保すべく、立見の当日券窓口に並びました。開演3時間前の16:00に行ったのですが、すでに100人近い長蛇の列。4時間弱のオペラのチケットを買うのに3時間以上待つという、とても尋常では考えられない世界ですが、富士山山頂で初日の出を拝むようなものなので、こればかりは仕方ありません。

1時間以上経っても後ろの人が増えないのでどうしたのかと思ったら、長蛇の列は屋外にも伸び、廊下に入り切れない数百人もの大衆(立見席は600席近くあるのでおそらく500人程度)がシャットアウトされていました。入口には鍵が掛けられ、出入りがコントロールされていました。ボタ雪が降り頻る寒い大晦日で、外で並んでいた方は根性あります。まさに大晦日の大衆的イベント。

この日は15:00から観光客用オペラ座見学ツアーがあり、オペラを全く知らない見学ツアー参加者も物見遊山で立見当日券の列に並んでいました。見学ツアーは16:00前に終わったらしく、ちょうど私の前に並んでいました。そういう人の多くは、開演まで3時間待った上に4時間の公演を立って見ると聞かされると帰っていきましたが、職員の英語の説明が聞き取りにくかったのか、私にいろいろと聞いてくる日本人女性がありました。

この尋常ではない立見当日券の列の私より前に、まさかそのような中途半端な気持ちで並んでいる人がいようとはつゆとも思わず、立見席の取り方を知りたくて聞いてきたものと勘違いしました。同類と思ってオタクな話をしていたら開場時間になり、勝手がわからないという彼女のためにもギャラリー立見席最前列を確保して差し上げました。ギャラリー立見席最前列は常連の私の知り合いばかりで、誤ってそのグループに入ってしまった彼女は途中で帰るにも帰れず、ドイツ語上演で意味がわからないオペラを4時間近くじっと耐えて見る羽目になったようです。大変お気の毒でした。

それで公演内容ですが、127公演目の演出とのことで、15年前の大晦日と、その後、NHKホールで見た日本公演と全く同じ。NHKのテレビ放送でも見たので4回目。衣装は少しだけ変わっていて、以前よりもコンサバな雰囲気。同じ演出でも歌手の体型が異なるので、その都度、衣装は仕立てているものと思われます。

指揮はビリー、ロザムンデはドゥスマン、オルロフスキーはクールマン。アイゼンシュタインを演じたスコフス(Bo Skovhus)は有名らしいです。ファルケ博士を演じたエレード(Adrian Eroed)の声はよいと思いました。看守のフロッシュを務めたコーネリウス・オボンヤ(Cornelius Obonya)ブルク劇場で活躍する、テレビなどでも有名な喜劇役者とのことでウィーン国立歌劇場デビュー。オルロフスキー邸でのパーティーに、12月の<ヴァルキューレ>でジークムントを歌ったヨハン・ボータが客人として登場。イタリア・オペラから2曲ほどアリアを披露(曲名チェックし忘れました)。デブデブな体型に違わぬ豊かな声量で会場を盛り上げていました。

コンサートマスターはキュヒル。トロンボーン・セクションは、1番バウスフィールド、2番・3番はお名前を存じ上げません。バウスフィールドは、いつものCONNではない楽器を使用。2番がレッチェなので、もしかしたらドイツ管かも知れませんがわかりません。写真を見てわかる方がいらしたらお知らせください。

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終演後、路面電車1番と38番を乗り継いで帰宅。途中、ウィーン市庁舎前で大晦日のイベントが。明治神宮や浅草寺の初詣客状態。あまりの混雑で写真は撮れませんでした。

路面電車の運行時刻掲示板に、ウィーン市内交通から「よいお年をお迎えください」というメッセージが!

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フォルクス・オーパ メリー・ウィドウ

12月30日(日)夜はフォルクス・オーパでレハール作曲<メリー・ウィドウ>を観ました。午前のウィーン・フィル<ニューイヤーコンサート>先行演奏会との梯子は体力的にキツイのですが、年末年始は、東京から来てくれた音楽教師の友人と音楽三昧することにしたわけです。

フォルクス・オーパは10月にこちらに来てから初めてで、実に15年振り。フォルクス・オーパと言えば<メリー・ウィドウ>。1980年代、日本公演でヴァレンシエーヌを演じるメラニー・ホリディの姿が記憶に残っています。高校時代、オペラ好きの母親を持つ同級生に誘われて、オペラやオペレッタの面白さを知ったばかりの頃のこと。ああ、懐かしい。

今回の演出は46公演目とのことですが、ロートレックやシスレーの絵画を素材にしているような、オーソドックスで実に美しい舞台。演者も美男・美女揃い。事前勉強不足の私でしたが、舞台上に英語の概訳が映ったので助かりました。

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フォルクス・オーパのホールは狭くて客席の勾配がきついためか、オケピットの音量が巨大に感じられます。とりわけトロンボーンと打楽器の音が大きく、歌手の声が国立歌劇場のようには届きません。19ユーロの安い席だったので、中央とはいえ最上段に近かったため、天井からの反響が大きかったのかも知れません。午前中のウィーン・フィルの軽やかなフレンチ・カンカンに比べて、大音量の迫力あるフレンチ・カンカンをアンコールに応えて何度も演奏してくれました。

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WPh & プレートル ニューイヤーコンサート先行演奏会

12月30日(日)11:00からのプレートル指揮ウィーン・フィル<ニューイヤーコンサート>先行演奏会を立見席最前列で聴きました。

ムジークフェラインでのウィーン・フィル演奏会立見席最前列確保は、通常は開演90分前到着で大丈夫ですが、3日間ある<ニューイヤーコンサート>の初日なので、念のため2時間前に。2時間前だと何番になるか、はらはら、どきどき。地下鉄2号線カールスプラッツ駅のプラットホームから直接ムジークフェラインに行ける裏道があり、車両がホームに到着するやいなやダッシュ。地上に出て・・・、建物の姿が見えてきて・・・・。問題は玄関前に何人いるかです。左右2つのドアの各10番目までなら確実に最前列ですが・・・。

9:00少し前に玄関に着いたのですが誰もいません。きつねに摘まれた気分。もしかして開演時間を間違えている? チケットを確認すると確かに11:00開演。やったー! 一番乗り! 最前列確保! 

9:30過ぎにご年配の女性が、それに続いて彼女の知り合いらしきご年配の男性が来て、そこそこ集まってきたのは開演60分前の開館少し前。しかし、それと同時に兵隊さんも集まってきて、その数がどんどん増えていきます。この厳重警戒体制はなんなの? VIPでも来るの? と思ったら、ご年配の女性が教えてくれました。兵隊さんには、先行演奏会の無料入場券が配布されるのだそうです。

<ニューイヤーコンサート>ということでいつもと少し様子が異なり、開演65分前には開館、開演40分前には開場となり、立見席最前列を確保。立見席最前列中央ブロックはカメラが設置されていて、左右のブロック7人計14人くらいしか最前列では聴けませんでした。このカメラは、元旦の衛星生中継にむけたカメラ&録音テストなのでしょうか。

プログラム71ページによれば、1月7日にはDECCAからCDとDVDが発売されるそうです。すでにカヴァーなど印刷物は出来あがっていて、あとは録画録音データを円盤に焼きつけるだけのようです。そのためのカメラ&録音テストなのでしょう。

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演奏曲目は、フランス人指揮者ということでフランスにちなんだ曲が盛りだくさん。<ナポレオン行進曲>、ワルツ<パリ>、<ヴェルサイユ・ギャロップ>、オッフェンバックの<天国と地獄>を本歌取りした<オルフェウス・カドリーユ>。シュトラウス親子がこのような曲を書いていたとは意外な発見。

ドイツ=オーストリアと一括りにされることが多いのですが、やはりウィーンは文化の交流地点。ドイツ文化だけでなく、周辺諸国の文化が融合されていて、ウィーン・フィルには軽快なフランス音楽も似合います。

Dsc01157コンサートマスターはヒンク。同じプルトには同じくコンサートマスターのホーネック。2人のコンサートマスターを起用しているところは、やはり<ニューイヤーコンサート>。トロンボーン1番はキューブルベック、2番は名前存じません、3番はヤイトラー。いつもならアンサンブル重視のメンバーですが、この日の演奏に限っては低音から支えるピラミッドではなくて、キューブルベックのリサイタル状態。ひとり軽快に吹きまくっていました。ウィーン・フィルがやればこれが正調。誰も文句は言えません。

ヤイトラーさんと親しい元群馬交響楽団バストロンボーン奏者の市村先生から、「28日から8日までヤイトラーさんのところにおじゃましていることになりました」と連絡があったので、終演後しばらく楽屋口でヤイトラーさんをお待ちしましたが、なかなか出てこないので諦めて帰りました。市村先生とは、4月以降、日本でお目にかかるしかなさそうです。

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アルプスでのスキー休暇

12月24日(月)から29日(土)にかけて、スイス人の研究仲間ルートさんのご一家と、アルプスのコテージでスキー休暇を過ごしました。

12月24日5:00起床、5:30タクシーにて空港へ、7:00ウィーン発-8:15チューリヒ着、電車12分でチューリヒ中央駅へ。アルプスへ移動する列車は14:00発だったので、それまでの間、チューリヒ市内をぷらぷら観光。やはりスイスはいいですね。すべてが上質で洗練されています。写真1枚目は中央駅から延びる有名な繁華街Bahnhofstrasse。ウィーンと違って日本人商社マンが大勢駐在しているため、日本人向けの生活用品も入手しやすい感じです。写真2枚目は、日本茶のセットも揃った市役所橋付近のお茶屋さん。

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14:00チューリヒ中央駅発-ベルン経由-ヴィスプ(Visp)乗り換え-16:36シオン(Sion)着。目的地のレ・コロン(Les Collon)行のバスは日に4本しかないのに、バス停を間違えて教えられ、16:40発の最終に乗り遅れてパニック。ヴィスプまではドイツ語圏なのですがシオンはフランス語圏で英語も通じず、タクシーの運転手に交渉しても埒が明きません。

同じように最終に乗り遅れた若い女性がいて、とりあえず英語で話しかけたら偶然にもルートさんのお嬢さん! こんなことってあるのですね。お嬢さんは結婚してベルンに住んでいて、24日から両親に合流予定だったのです。結局、ルートさんに車で迎えに来ていただき、レ・コロンのコテージに着いたのは、ウィーンを出て13時間後の18:00。写真3枚目はコテージから望む風景。写真4枚目はコテージの私の部屋の窓から眺めたマッターホルン!(感激)

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25日(火)から28日(金)の4日間、私は「成人用スキー教室初心者クラス」に入り、中学校のスキー教室以来、なんと30年ぶりにスキーを。初心者クラスは毎週月曜日に始まり、水曜日までの3日コース、金曜日までの5日コースがあったのですが、25日の火曜日から始める私は25日は個人レッスンで基礎を学び、26日からクラスに合流。

子どもの頃に習ったことは30年経っても覚えているものなのですね。滑れました! しかし問題はリフト。30年前の群馬県片品村のリフトとは違って紐につかまりながらスキーで滑って登るリフトなのでした。しかも、1人掛けと2人掛けがあって、それぞれコツがあるのです。リフトに乗るのに何度も転びました(涙)。悔しいのは、小学生のキッズたちの方が上手で簡単につるつる登っていくこと。

それにしてもこの地域、子ども連れの家族がやたらに多いです。少子化の日本では見られない光景かと思います。大型リゾート地なので、私はマス・ツーリズムかと思ったのですが、ルートさんの意見によるとマス・ツーリズムは大型バスで団体で押し寄せる観光。それに対してここは家族で休暇を過ごすところなのだそうです。

日本でのスキーもそうなのかも知れませんが、スイスのスキーはゲレンデで滑るのではなくてスキー板を付けてワンダーフォーゲルだったのですね。3000メートル級の山々の谷を滑り、尾根をリフトで登り、「今日はあそこの山頂まで行ってみよう」と、家族みんなでスキー板を付けてワンダーフォーゲルなのです。親子一緒にワンダーフォーゲルできるように、みんな小さい時からスキーを習うわけです。写真5枚目は、夫の手料理で夕食のテーブルを囲むルートさん一家。写真6枚目は愛犬のソクラテスとソフィア夫妻。犬も同宿させるにはホテルはNG。コテージでないとダメなのだそうです。

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最後に、私のスキーの先生、ピエールをご紹介しておきます(写真7枚目向かって左から3人目)。冬はアルプスでスキー教室の教師、夏は地中海(?)のリゾート・アイランドでドラムを敲くバンドのリーダーだそうです。彼のバンド<BENIDRUMS>はメンバー全員国籍が異なり、オーストラリアの原住民族の方もいるそうです。

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4日間のスキー教室が終わり、29日(土)は朝9:48のレ・コロン始発バスに乗り、10:56シオン発-ヴィスプ乗換-ベルン乗換-チューリヒ乗換-ウィーン西駅着22:28の列車で帰りました。13時間の移動時間は、成田-ウィーンのフライトよりも長い?

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第4アドヴェントのトロンボーン四重奏

12月23日(日)第4アドヴェントの夜10時から11時15分という遅い時間でしたが、シュテファン寺院で<Wiener Posaunen Consort>というトロンボーン四重奏団の演奏会があったので、翌朝7時のチューリヒ行きのフライトにも拘わらず、万障繰り合わせて出かけました。

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弦楽四重奏の伴奏によるトロンボーン四重奏という珍しい編成で、一体どのような音楽が出来るのか、なぞに包まれた演奏会。

ステージ・セッティングは、ステージの前に弦楽四重奏団が座り、その後ろにトロンボーン四重奏団が座り、トロンボーンの演奏の時はトロンボーン奏者が起立するというスタイルでした。

客席の前半は35ユーロもするので、後半の25ユーロにしたので、ステージにいる奏者や使用楽器はほとんどわかりませんでした。

プログラムは、<モミの木>や<アヴェ・マリア>など、ドイツ民謡とクリスマス・ソングが15曲ほど。曲の1番をトロンボーン四重奏で演奏して、2番を弦楽四重奏が演奏するとか、前奏や間奏を弦楽四重奏が担当して、リードがトロンボーン四重奏といったアレンジになっていました。

とにかく会場が響き過ぎるため、トロンボーンの音はすべてベッタリ・テヌート状態。リードだけ浮き立たせ、内声はかすませる奏法でないと、言いたいことが全く伝わりません。まるで楽屋で各自が勝手にさらっているような演奏でした。これに35ユーロ出していた方は、おそらく単なる観光客か、よほど敬虔なカトリック教徒のどちらかだと思います。

注:年末年始につき、ブログ付けの時間が十分に取れません。タイムリーな記事にできず恐縮ですが、ご了承ください。

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