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2007年12月

ボリス・ゴドゥノフ

ベルリン・フィル首席トロンボーンのオットに、『音楽の友』2004年11月号でインタビューした際、アッバードとの仕事で最も印象に残った演奏は1994年と1996年の復活祭音楽祭でのムソルグスキー作<ボリス・ゴドゥノフ>との回答。

なぜ、<ボリス・ゴドゥノフ>なのか、12月21日(金)もウィーン国立歌劇場に足を運び、4時間近い立見を頑張りました。指揮者や歌手が大物ではないのに、なぜか座席は完売。しかし、立見は結構空いていました。

ムソルグスキーといえば<展覧会の絵>。しかし、オーケストラで演奏される<展覧会の絵>は、オーケストレーションの天才と言われるラヴェルの編曲だからよいのであって、ムソルグスキーのオーケストレーションそのものはコメントを控えたいと思います。

トロンボーンは3本ですが、1番が吹くところは少なくて、ソロや主要な部分はすべて2番トロンボーン。これだから、当時、ベルリン・フィルに2番トロンボーンで入団したてのオットには、とても印象的だったのだとわかりました。

詳細を記したいのですが、今日、23日は第四アドヴェントで、これからステファン寺院でトロンボーン四重奏によるミサがあります。夜10時から11時15分までの深夜のミサ。これまではトランペットのミサで8時半からだったのですが、やはり最後のミサは<天使の声>トロンボーンで閉めるのですね。

明日24日から29日までアルプスでスキーのため、この詳細等は後日まとめて記録します。

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ヴァルキューレ

ウィーン国立歌劇場12月2日プレミエのフランツ・ヴェルザー=メスト指揮、<ヴァルキューレ>。12月16日(日)の5回目と、12月20日(木)の6回目を観てきました。5時間近いオペラを2回観るのは結構な体力がいります。

12月16日はフンディング役のアンガーが急病で代役。この時のトロンボーン・パートは、写真上で見るように、1番キューブルベック、2番名前存じませんすみません、3番ヤイトラー、4番ストレッカーでしたが、20日は写真下で見るように3番が別の人に。ヤイトラーも風邪か何かで、急きょ、代役だったのでしょうか。

バストランペットのソロが目立つ曲ですが、このバストランペットはどなたでしょうか? 普通はトロンボーンの人が吹きますが。ちなみに、復活祭音楽祭のベルリン・フィル&ラトルの<ヴァルキューレ>では、オットがバストランペット担当だそうです。復活祭音楽祭のチケット入手困難ですが、何としても聴き比べたいところ。

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1988年にベルリン・ドイツ・オペラが日本公演でリングを上演した時は、ワルハラ城でボータンとブリュンヒルデが別れる最後のシーンで火炎放射器使用。消防法との絡みが大変だったそうですが凄かった。その後、コンピュータ技術の革新で、舞台装置は簡略化。今回も炎は照明で済ませていたのが、何だか残念。

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オーストリアの条件不利地域

12月17日(月)は、愛媛大学のN先生、長野大学のO先生と共に、オーストリア連邦機関中山間条件不利地域研究所を訪問しました。

O先生の「限界集落論」は、中山間地域の直接支払制度など、政策決定に大きな貢献をしており、日本では著名な学者であると事前に伝えておいたので、オーストリアのその道のエキスパートであるダックス副所長が、関連資料をそろえて待っていてくださいました。

オーストリアの国土の40%は山岳地域であり、住民の所得の3分の1は公的な補助金、3分の1は環境保全のための補助金(50%はEUから、50%は国から)で、所得の3分の2を補助金が占めているとのこと。日本なら世論の批判を受けかねないところですが、オーストリア国民にとって山岳地域は大切な資源。山岳地域があるから夏や冬の観光、チーズやソーセージなどの加工品、果物や果実酒ができるのであって、それがオーストリアのアイデンティティでもあるから、山岳地域の住民の所得を保障するのは当たり前だそうです。

日本ならば中山間地域=過疎=高齢化がパラレルなのですが、オーストリアでは高齢化が日本ほど深刻な問題とされていないのか、山岳地域の高齢化の状況を把握するデータがありませんでした。ダックス氏の記憶では、22%から23%にはなっていて、条件不利地域以外と比べると高齢化は進んでいるとのこと。

年金制度は、もともとオーストリアはEUの基準よりもレベルが高いので、オーストリア独自の制度をつくっているそうです。2月下旬に老年学が専門の先輩がウィーンに立ち寄るとのことなので、その時までに白書などで勉強し、年金制度の専門家にヒアリングさせていただける機会を持ちたいと思います。

オーストリアの国土は北海道くらいの広さしかなく、単純に日本と比較することは出来ませんが、独自の社会文化資本を優先させる国民性は、日本も学ぶべきではないでしょうか。

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バーデン市ホイリゲ農家調査

12月16日(日)は、愛媛大学のN先生、長野大学のO先生とともに、バーデン市にてホイリゲ農家の調査をしてきました。前回11月24日(日)に下見をしたバーデン市のブドウ園経営者ワイン直売所にて10:30-13:30、ブドウ園経営者協会会長のマイヤーさん一家(写真)にインタビュー調査をし、13:40-15:20、グライヒヴァイトさん一家が経営するホイリゲにて参与観察調査をしました。Dsc01045

ウィーン市南部からバーデン市南部までの88キロは<ワイン街道温泉地帯>であり、歴史の名所でもあります。マイヤーさんのお宅も、グライヒヴァイトさんのお宅も、ご先祖が地域の歴史に名を残す名家です。

後継者の方も、子どもの頃からブドウ園経営を継ぐ決心をし、グンポルドズキルヘンにあるブドウ園学校にて専門技術を取得。もちろん大学入学資格試験(MATURA)を受けて大学に進む道もあったわけですが、マイスターへの道を選びました。この土地のブドウ園経営者になることが誇りなのですね。

第三アドヴェントの午後で、グライヒヴァイトさんのホイリゲはお客様で一杯。ご家族へのインタビューは後日にまわしにしました。次回は、グライヒヴァイトさんがワイン直売所の解説担当で、マイヤーさんがホイリゲを営業されている日を選んで行きたいと思います。

余談:マイヤーさんのご長男クレメンス君(20歳)(写真右から2番目)の趣味は盆栽。ウィーン市内にある講座に通っているそうです。インタビューの最後には、ご自慢の松の盆栽の写真を持ってきて解説。やはり国際文化交流というのは大切ですね。

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空港タクシー・クーポン

12月15日(土)から17日(月)にかけて、愛媛大学のN先生と長野大学のO先生が、スウェーデンへ調査へ行く途中、ウィーンにお立ち寄りくださいました。

東京-ウィーンの直行便はオーストリア航空が1日に1往復していて、時間の無駄がありません。しかも全日空との共同運航なので、早めに手配すれば全日空の格安料金が使えますし、片道をロンドンかパリかフランクフルトと東京との全日空で組み合わせることも可能です。往路がオーストリア航空ならウィーン着が16:00なので、初日の夜も使えます。復路が全日空なら現地発が20:30頃なので、最後の日も夕方まで使えます。

12月15日(土)16:00到着予定のオーストリア航空機は1時間以上も早く到着し、しかもウィーンのシュヴェヒャート空港は小さいので入国審査やバゲージクレイムもすぐに済んで、私が16:00前に到着ロビーに着いた時には、二人はすでに1時間近くお待ちでした。まさかそんなに早く着くとは予想も出来ず、大変申し訳ないことをしました。

シュヴェヒャート空港はウィーン市内ではなくてニーダーエスターライヒ州にあり、ウィーン市内中心から約20キロ、私のアパートメント・ホテルからは28キロくらい離れています。市内までの公共交通には、近郊列車(S-Bahn)、直行列車(CAT)、空港リムジンバスがあります。

近郊列車は30分間隔で出ていて、市内料金込で片道3.40ユーロ、ウィーン・ミッテまでは26分、私のアパートメント・ホテルへは、7号線と45号線を1回乗り換えて(乗継を入れて)55分です。ウィーン市内の乗り物共通定期券を購入している私は、追加料金1.70ユーロだけで済むので、もっぱら近郊列車を愛用しています。

直行列車はウィーン・ミッテまでわずか16分ですが、やはり30分おきなので、直行列車料金9.00ユーロを払ってこれに乗るよりも、近郊列車の方が安くて早い場合が少なくありません。たいてい、直行列車が出た数分後に近郊列車が出ています。逆に、近郊列車が出てしまった直後だったりすると、9.00ユーロ払ってでも直行列車に乗る価値はあるかも知れませんが、そのような時はホームを上がったところのスーパー<BILLA>で買い物でもして、次の近郊列車まで時間調整します。

注:ただし、近郊列車は遅れることがあるので、市内から空港へ急ぐ場合は、ウィーン・ミッテから直行列車を使わざる得ない場合もあります。

空港リムジンバスは、西駅まで35分、南駅まで25分、シュヴェーデンプラッツまで20分、国連まで20分で、それぞれ30分間隔、片道6.00ユーロと便利ですが、それ以外のところでは乗り降り出来ませんし、発着地に近い場合でないとメリットがありません。西駅まで、路面電車と地下鉄を乗り換えて30分かかる私の場合、恩恵にあやかれません。

2~3人の場合、荷物があったり天候が優れない場合(雨、雪、氷点下など)、深夜早朝の場合はタクシーということになります。シュヴェヒャート空港の到着ロビーを出たところにタクシー乗り場があり、クリーム色のベンツ・タクシーがたくさん並んでいます。市内ホテルまでは、道が空いてれば、20キロなら20ユーロで20分、30キロなら30ユーロで30分といった具合ですが、州を超える特別料金が他に11ユーロかかるので、1割のチップを付けると35ユーロから45ユーロくらいになります。さらに、深夜早朝は割増になるので、少なくとも50ユーロはかかりそうです(使ったことがないのでわかりません)。

私のアパートメント・ホテルは、ウィーン市内のタクシー会社と特別契約をしていて、滞在者用に空港まで片道29.80ユーロのクーポンを出しています。クーポンなのでチップは不要ですから、かなりお得な料金です。12月24日(月)は7:00ウィーン発のエア・ベルリン機でチューリヒに飛ぶのですが、近郊列車だと最寄駅始発でも空港着6:21、ウィーン・ミッテまでタクシーで行って直行列車の5:38始発でも空港着は6:05なので、西駅までタクシーで行って空港リムジンバスの5:00始発に乗ろうかと思案していたところ、西駅までのタクシー早朝料金+空港リムジンバス6.00ユーロよりも、空港までのタクシー・クーポンの方が安いことがわかりました。

それで今回、この空港タクシー・クーポンを初めて利用してみたのですが、空港からの移動では不便極まりなく、安かろう悪かろうでした。アパートメント・ホテルのフロントも不親切で、どのようにタクシーをピックアップするのか説明がなく、「すでに到着便の連絡は入れましたから、空港からタクシーに乗ってアパートメント・ホテルに着いたら、フロントに来てクーポンを受取り、運転手に渡してください」とだけ。

空港のタクシー乗り場で、「このタクシーはクーポンが使えますか?」と聞いて回っても、どの運転手も「そんなクーポンは知らない」。仕方ないのでアパートメント・ホテルのフロントに電話を入れて契約しているタクシー会社の電話番号を確認。そのタクシー会社の名前が<31 300>という変な名前だったので、ドイツ語で電話していると会話になりません。タクシー乗り場の受付のおにいさんに電話を代わってもらって、ようやく契約タクシー会社に連絡できました。

受付のおにいさんの話では、「今から5分で行きますと言った」というのに30分待っても来ません。もう一度、そのおにいさんのところに行って確認すると、タクシー会社<31 300>はウィーン市内にあるので、Wのナンバープレートで始まるタクシーなのだが、そういう車はまだ来ていないから、もう少し待っているようにとのこと。「今から5分で行きます」というのは、どうやら「今から5分で出発します」という意味で、それから空港までは30分かかるということだったのでした。

案の定、電話から50分後くらいに運転手が現われて、車はこちらだからと案内されたのはタクシー乗り場ではなくて、反対側の出入り口にある、おそらくは一般の送迎車用の一時駐車スペースでした。

到着後、すぐに一般のタクシーで移動していれば、40ユーロはかかりますが16:00にはチェックイン出来ていたわけです。飛行機が定刻の16:00に到着したとしても、17:00にはチェックイン出来たでしょう。29.80ユーロで済んだとはいえ、チェックイン出来たのは17:45でした。勉強のためのコストとはいえ、お金ではなく時間の消耗でした。

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WPh&ラトル ニールセン交響曲第4番ほか

12月15日(土)と16日(日)の演奏会は仕事で予定がつかないので、15日(金)15:30からの公開リハーサルを聴きました。

この金曜日からウィーンは氷点下の世界になり、雪も降ってきました。公開リハーサルの前に、ムジークフェライン側近のショッピングモールで毛糸の帽子を購入しようと、少し早目に出かけました。ところが、地下鉄のホームから地上に出たらあまりにも寒いので、目の前のムジークフェラインに入って待つことにしました。開演55分前だったのですが、立見席の左のドアの3番目でした。公開リハーサルの立見席は、さほど競争が激しくないことがわかりました。ということで、立見席最前列中央を確保。

15:30きっかりにラトルが登場し、前プロのワーグナー作曲歌劇<トリスタンとイゾルデ>より序曲とイゾルデの死が始まりました。演奏時間わずか15分未満にもかかわらず、これに40分かけました。4回ほど途中で止めて、<>の確認をしていました。

休憩なしで、中プロのエルガー作曲チェロ協奏曲に移りました。ソリストはPMFでも来日している元ウィーン・フィル首席チェリストのバートロミー。使用楽器は1727年製のDavid Tecchler。奏者だけでなく楽器のレベルも違いました。ウィーン・フィルのメンバーが後から盛り上げようとする箇所をラトルが止めて、最初からはっきり演奏するように指示していたのが印象的です。イギリス系とドイツ=オーストリア系の音楽の違いでしょうか? ラトルの音楽でしょうか?

チェロ協奏曲は30分ほどで終わり、休憩をはさんで17:00からメインのニールセン作曲交響曲第4番に入りました。私は、確か読売日響定期でオズモ・ヴァンスカが振った時に聴いた曲だったかも知れませんが、ほとんど初めて聴く曲でした。ティンパニが2セット必要で、打楽器出身のラトルが好む曲だと思いました。さっくり通して17:30きっかりに終了。

トロンボーン1番はバウスフィールドで、オープンラップのCONNでしょうか。2番はいつものセイヤーの人。3番は若い方でした。バウスフィールドが指導しながらのトロンボーン・セクションという感じで、ほとんど1番しか聞こえないニールセンでした。アンサンブルのウィーン・フィルでもこういう演奏があるのですね。フルート1番はヴォルフガング・シュルツ。こちらに来て初めて聴きました。さすがに素晴らしい! コンサートマスターはホーネックでした。

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ところで、公開リハーサルの座席券は旅行会社が団体で扱っているのでしょうか。バスが遅れたのか、途中から大勢入ってきてラトルもやりにくそう。公開リハーサルは、指揮者の指示が聞こえる前の席でスコアを見ながら聞くものですが、前方の座席はロープが張られて座れないようになっていました。この公開リハーサルはオーストリアの大きな観光資源になっている模様。

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12月はカルフォルニア産<かがやき>

10月のイタリア産<あきたこまち>、11月のカルフォルニア産<ひとめぼれ>に続いて、12月はカルフォルニア産コシヒカリ品種<かがやき>を食べています。

ウィーンにもアジアン・ショップが複数出来て、ナッシュマルクトの<日本屋>よりも安くて品数も豊富との評判。12月1日(土)には、西駅からも近いZieglergasseのアジアン・ショップに行ってみました。韓国人の経営のようでハングル表記の食品がたくさん。日本の物もかなり揃っていますが、日本米は韓国産コシヒカリ品種の10キロ袋しかありませんでした。12月6日(木)ウィーン・ミッテ駅に行った際、隣接するマーケットのアジアン・ショップにも寄ってみました。経営者は中華系なのか、日本の物は少ししかありませんでした。Thaliastrasseにもアジアン・ショップがあるそうですが、まだ行ってみていません。

ということで、やはり日本人が銘柄米を買おうと思ったら<日本屋>しかないということがわかり、12月6日(木)、ウィーン・ミッテからの帰りにナッシュマルクトへ寄りました。11月のカルフォルニア産<ひとめぼれ>は美味しかったのですが、前回は偶然、小分けにした試食品が購入出来たのであって、今回は10キロ袋しかありませんでした。仕方ないので2キロ袋があるコシヒカリ品種の<かがやき>というのを購入してみました。10.50ユーロなので約1,800円と結構なお値段。それから1週間、いろいろ炊き方を試してみて、ようやく今日12月13日(木)、ベチョベチョしていないおにぎりが出来ました。

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スキーウエアは子供服で調達

10月はじめ、こちらでは服のサイズがないということを書きましたが、身長161センチの私には、12歳~13歳用の子供服がぴったり!ということがわかりました。婦人服では34サイズにあたります。通常、婦人服は36サイズからしか揃っていません。

クリスマスのアルプスでのスキーに向けてスキーウエアが必要なわけですが、探すのが大変でした。まずは、前回、Adidasの34サイズの運動着を購入したマリアヒルファーストラーセの<SPORT EXPERT>に行ってみましたが、Adidasのスキーウエアは置いていないとのこと。おなじ通りの別のスポーツ専門店に、唯一、XSサイズで揃う物がありましたが、なんと約800ユーロ(約134,000円)。4日間しか使わないのに高すぎます。

「あとは子供服ですね」という店員さんのアドバイスを受けて、H&Mの子供服売り場へ。そしたらありました! 写真の物が158センチ用、164センチ用、170センチ用と、全サイズ揃っています。女児用にしてはダークな色なので売れなかったのでしょうか、子供服なので安い上に3割引の特価品。12歳~13歳用の158センチの上下を計48.86ユーロ(約8,000円)で購入しました。Dsc01032_2

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クリスマスはアルプスでスキー?

チューリヒ郊外にすむスイス人の研究仲間からお誘いがありました。「クリスマスはアルプスで家族そろってスキーをするから、4部屋もある別荘をかりたから、是非、来てね。アルプスは、日本の富士山とおなじくらい、ヨーロッパに来たら一度は絶対に登るべきところだよ!」。

アルプスで4部屋もある別荘というのは、こちらの感覚では相当リッチなものらしく、ひとに話すと、「うわぁ~、いいなぁ、すごいなぁ」というリアクションです。アルプスの別荘でホワイトクリスマスを迎えられるのはいいのですが、まさかそこで書評の原稿を書いているだけというわけにはいかず、やはりスキーをしなければならないわけです。本音は楽器を持って行って練習したいところなのですが・・・。アルペン・ホルンならぬアルペン・トロンボーン?

この研究仲間のご主人は桁違いのスポーツマンらしく、フルマラソンにも、トライアスロンにも、何回ともなく挑んでいるとか。ご本人も、10月には息子さんと、アフリカのサファリをジープで駆け回ったそうで、なんともワイルドなご一家です。それに対して私は、スキーの名所がいくつもある県に生まれ育ちながらも、中学校の必修授業で1回、スキーをしたことがあるだけ。ということで、とても一緒にゲレンデを滑れるはずはなく、成人向けスキー教室の初心者クラスを受講するしかないわけです。

ウィーンの同僚にスキーに詳しい人はいないか、何人かにあたったのですが、みなさん私とおなじで、スキーの名所がいくつもある国に生まれ育ちながらも、「学校で1回やったことがあるだけで、やらないなぁ・・・」という方ばかり。インターネットで調べてみると、その別荘があるLes Collonsというところは大型リゾート地帯なのだそうですがフランス語圏で、英語が通じないから日本人は避けるべきとか・・・。とりあえずLes Collonsの観光局に英語で問い合わせのメールを入れました。数日うちに回答しますとの即レス。はて、さて、どうなることやら・・・。

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原子力発電のことなど

おなじアパートメント・ホテルに住む黒人青年のパウルスさん。エレベーターで一緒になり、私が日本人だと知ると、とても嬉しそう。名刺を頂戴したら、国際原子力機構(IAEA)の査察官で東京地域事務所担当。IAEAの本部はウィーンにあり、ウィーンと東京の往復生活なのだそうです。まあ、コーヒーでも飲みましょうということで、12月9日(日)の朝、ホテル前のゼガフレードで小一時間ほど話をしました。

南西アフリカのナミビア共和国出身とのことで、「ナミビアってどこ?」という話から始まったわけですが、そのむかしはドイツの植民地で、第一次世界大戦後は南アフリカ共和国に統治され、1990年に独立した小国とのこと。国際公務員なので流暢な英語を話すのかと思ったら、英語が母語なのだそうです。祖父母の代までは部族語を使っていたそうですが、親の代からは家庭でも英語で生活しているとのこと。インターマリッジか移民の家庭ならわかりますが、一般家庭でも、世代によって言語を換えるということが出来るものなのですね。ウィーン在住4年とのことなので、ドイツ語もいけるかと思ったらダメ。日本語もダメということで、英語で話しました。

世界で最も原子力発電に依存している国はフランスで、総発電量の78%。日本は25%くらいという認識でしたが、すでに30%。ドイツは2020年までにすべての原子力発電所を停止させるとのことですが、現在の生活様式を変えないかぎり、バイオマスや風力などでは原子力の代わりは不可能でしょう・・・などという話をしていたら、ドイツのニュースで「原子力発電所から5キロ以内に居住する5歳以下の子供は、そうでない子供に比べて発癌率が6割も高い」との調査結果。あな、恐ろしい。

そもそもドイツをはじめ欧州では、冬の暖房が贅沢すぎます。建物は全館暖房で、水道はひねればお湯が出てくるし、洗濯機や食器洗い機はすべてお湯ですからね。電圧も、日本では110Vなのに、こちらは220V。アパートメント・ホテルの台所は電磁調理器のコンロが4つと大型の電子オーブン。電子レンジも、日本は500Wなのに、こちらのは750W。そのうちにドイツでも、炬燵に入って暖を取る、和式暖房が流行するかも知れませんね。なんて考えましたが、日本の夏の冷房の方が電力を使ってました。

原子力発電所の基数を調べたところ、建設・設計中まで含めると、日本はフランスを越し、アメリカに次いで世界2位になるようです。地球温暖化を防ぐには原子力発電という意見もあり、そこへもってきて原油価格の高騰。いまの生活様式を維持するためには原子力発電の道をまっしぐらの日本だったのですね。

ちなみにパウルスさんは、先週は六か所村で査察。年明けには北朝鮮の発電所を査察だそうです。IAEA査察官の発癌率はどのくらいなのかしら・・・なんて考えてしまいました。あな、恐ろしい。

追記:その後、オーストリアの統計などを調べていたら、オーストリアには原子力発電所は1つもないとの記事。アルプスの自然資源が豊富で、天然ガスが出るようです。ここの暖房は天然ガスなのかぁ・・・と。原子力発電所がない国に、IAEAの本部があるというのも不思議な話。(12月12日記)

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アドヴェントのショッピング

本日12月9日(日)は第二アドヴェント。もういい加減にAdventskranzを購入しないと季節外れになってしまいます。ということで、12月8日(土)はマリアヒルファーストラーセに行って、今度こそAdventskranzを購入することにしました。

前回、ウィーンに来て2週間目の10月13日(土)、はじめてここでショッピングした時にはわからなかったのですが、ようやくこの通りの価値が理解できました。ステファン教会やオペラ座界隈は日本からの観光客が多くてブランドショップが多いのに対し、マリアヒルファーシュトラーセには生活用品が揃うデパートがあるのです。

圧巻は地下鉄2号線のムゼウムス・クアティーレ=マリアヒルファーシュトラーセ駅を降りてすぐのライナー(Leiner)。高級家庭用品のデパートです。食器、台所用品、寝具、リネン類、ベッド用品、システム・キッチン、ユニット・バスなどが広々と陳列されていて、「なんだ、ここに来ればよかったのか」と気が付く物がたくさん。日本では使えない家電製品も多いのですが、観光で来る方にも、こちらの生活様式を学ぶのによい場所だと思います。アドヴェント期間の土曜日午後、写真のように金管アンサンブルの生演奏もありました。Dsc01027

それでAdventskranzですが、生のモミの木の物ではなく、ドライフラワーのリースを購入し、ボディショップで購入した香りのローソクを立てることにしました。Dsc01028

クリスマスの金管アンサンブルということでは、ウィーン大学付近の工芸市でも演奏していました。Dsc01025 Dsc01022

ウィーン・トロンボーン四重奏団の演奏会では、アルト・ホルンやユーフォニアムに持ち換えて演奏する曲が多いのですが、この地の伝統文化に根ざしていたのですね。

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WPh&アーノンクール ドイツレクイエム

12月7日(金)ウィーン楽友協会大ホールにて、アーノンクール指揮ウィーン・フィル、ブラームス作曲<ドイツレクイエム>を聴きました。合唱はアーノルド・シェーネンベルグ・コアー。ソプラノ独唱は新進のゲニア・キューマイヤー、バリトン独唱はベテランのトーマス・ハンプソンと役者揃いで、12月7・8・9日の3公演とも会員で座席は完売。私のように半年しかウィーンに滞在しない者にとっては、立見席のチケットが買えただけラッキー。

立見席は最前列とそれ以外とでは響きが違うことがわかったので、今回も最前列死守! 19:30開演の1時間前には楽友協会の玄関が開くので、その15分前の18:15に玄関口に行ったのですがギリギリでした。右のドアに6人、左のドアに6人、そして、左右のドアしか順番待にならないので意味不明ですが、中央のドアに3人、計15人の先客がいました。

ウィーン・フィルの演奏会では、トロンボーンは下手に座るので、左のドアの7番目として並ぶことにしました。10分ほどして、おそらく観光客と思われる5~7人ほどの集団が私の後に並びました。この集団は、ガイドらしき女性が仕切っていて、態度がお下品。立見席のマナーを心得ていません。

開演30分前にホールのドアのところへ進み、開演前の1ベルで陣取りになるのですが、ドアマンから「10番目までの人が最初です。それ以降の人はその次にお願いします」と言われ、背の高いおじさんが陣取り要員として第一集団に。そのおじさん、1ベルと共に脱兎の如く駆け出し、ポールを潜って中央を広々と陣取り。後続の仲間の分も場所を取っていました。

私は7番目だったので問題なく下手側の最前列を確保出来て、写真のようにステージ全体を見渡すことが出来たのですが、今回はトロンボーンが上手に並んでいました。真先にバス・トロンボーンのハンス・ストレッカーがステージに出て来てウォームアップ。今回は上手だった、がっかり・・・と思いましたが、ベルはこちらを向いているので返ってよかったのかもしれません。

この組み合わせだと確率的にみて1番はバウスフィールドかな?と予想しながら待っていましたが、なかなか1番が出てきません。ほとんど最後の奏者といってもいいくらいに下手からアルト・トロンボーンを持ったディトマール・キューブルベックが登場。座席まで来て、まず、シュトレッカーと握手。1歳年上のストレッカーを立ててということでしょうか。2番の方の方がずっと年上に見えましたが・・・。

10月以来、初めてこの2人の組み合わせで聴いたのですが、ストレッカーの音は、前回のオペラ<スペードの女王>の時とは別人のような音でした。キューブルベックのアルトを支えるゆとりのある低音。ブラームスとチャイコフスキーでは使う音が異なるのですね。<ドイツレクイエム>は2番トロンボーンの旋律が多いのですが、これも落ち着いていて、3本の吹き方がよく統一されていました。

<ドイツレクイエム>を聞くのは何回目になるでしょうか。海外では、1999年タングルウッド音楽祭でオランダ放送響の演奏を聴いたことを思い出しました。これまではあまり気にしていませんでしたが、この曲は合唱が主役ですね。オペラが専門のウィーン・フィルだけあって、合唱や歌の独唱をうまく引き立てる演奏でした。コンサートマスターはヒンクでした。

Dsc01026_2アーノンクールは1929年生まれなので78歳。高齢な上に飛行機が嫌いで来日の機会は少ないわけですが、プログラム掲載の近影は大阪いずみホールにてヒロカワ・トモアキ氏撮影。意外なところで日本との接点が。

それにしても許しがたいのは、休憩が入らない1曲プログラムだったため、楽章の途中で退席する人がいたこと。座席券が買えるのは会員の高齢者ばかり。高齢の指揮者だって立って指揮しているのに、座っていることもできないのでしょうか。だったら座席券を立見席の若者に回してほしいもの。

ウィーン・フィルだけでなくウィーンという街全体が年齢階梯社会というか、年配層の既成文化。ベルリン・フィルが子供むけの教育プログラムをやったり、コーミッシュ・オーパが子供むけに公開リハーサルをするの大きく違うところです。

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ようやく調査研究の話が・・・

12月6日(木)、連邦機関中山間条件不利地域研究所のテレジアと、ようやく具体的に調査研究の話が出来ました。本来なら11月初旬に打ち合わせたかったところ。遅ればせながら、12月17日以降か、1月7日以降、ビュルゲンランド州の彼女の調査地に案内してもらえることになりました。オーストリアの白書<GRUeNER BERICHT>に掲載されているデータの統計基準、土地所有制度、年金制度などについても、ようやく具体的に教えてもらうことが出来ました。やはり<GRUeNER BERICHT>の巻末に添付された用語説明を読むだけでは、理解できません。

滞在先のボーデンクルトゥア大学は総合大学なので、社会学はフォーゲル教授しかいません。ここの社会学の卒業生の複数名が、連邦機関中山間条件不利地域研究所で研究員をしていて、フォーゲル教授の調査研究も、実質的にはそちらの研究所でやっている様子。大学は単に教育の場のようです。私がテレジアと友達だと知るやいなや、「私は単なるホストだから、調査研究の実質的な話はテレジアとしてね。君は適任の友人を持ったね」とフォーゲル教授。こちらでも、大学教授の仕事は研究よりも教育ということですかね。

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ウィーン市庁舎前のクリスマス市

遅ればせながら、私の部屋もクリスマスっぽく飾り付けしてみようかと、ご近所の市場でAdventskranzを買おうとしたら、第一アドヴェントが終わってしまったため、すでに売り切れていました。このAdventskranzは、モミの小枝で編んだ輪に4本のローソクを立て、第一アドヴェント、第二アドヴェント、第三アドヴェント、第四アドヴェントと、一つずつローソクに火を付けるものなので、アドヴェント前に買わないと意味がないといえば、ないのですが・・・。

今からでもクリスマス市に行けば買えるというので、12月4日(火)の夕刻、ウィーン市庁舎前のクリスマス市に出向いてみました。いや、はや、なんとも幻想的な世界・・・。来ている人のほとんどは観光客のようでした。

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残念ながらお目当てのAdventskranzは、選べるほどなかったので、今日は今からもう一つの工芸市の方へ行ってみます。

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ドイツ語資格試験結果

11月14日に筆記試験、15日に口頭試験を受けたドイツ語資格試験(OeSD中級)の結果は郵送されるとのことでしたが、2週間たっても届きません。この国のことなので、約束どおりに事が運ぶ方が不思議。12月3日(月)ジルヴェスター&ニューイヤーコンサートのチケットを手配した後、そのままドイツ語学校へ行って、直接確認することにしました。

とりあえず合格していました。読解、聴解、作文、会話、この4分野があるのですが、聴解と会話で点を稼げたからよかったものの、読解と作文はぎりぎりのボーダーでした。

この試験、読解と作文には辞書持ち込み可ということを聞かされていなくて、私は日本から電子辞書しか持ってきていませんでした。電子辞書は持ち込み不可とのことで、模擬試験では辞書なしで解答したので解答時間にも余裕があり、そこそこ出来ていました。

本番の試験では、別のクラスの日本人の方から独和辞典を拝借させていただきました。辞書があると思うと、わからない単語をいちいち調べてしまい、時間が足りなくなり、まんべんなく解答することが出来ませんでした。

東京ドイツ文化センターのZMP模擬試験クラスでは辞書なしで解答していたので、辞書持ち込みでの試験の受け方をトレーニングしていませんでした。辞書持ち込み可でも、時間が限られる試験では、原則、辞書は使わない方が良いことがわかりました。反省。

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ジルヴェスター&ニューイヤー チケット奪取

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート、実は同じプログラムで12月30、31日、1月1日と3公演あるのです。このジルヴェスター&ニューイヤーコンサートのチケットはどうしたら買えるのか、11月14日にウィーン・フィルのチケットセンターに寄って確認しました。「12月30、31日のチケットは立見席まで完売していますが、1月1日の立見席は1か月前の12月1日(土)一般発売のところ土日は休業なので12月3日(月)9時からです」というので、本日12月3日(月)も朝5時起きして、6時にウィーン・フィルのチケットセンターに行きました。

ところが7時過ぎても他に誰も来ません。「1週間延期されることもあるので、直前の11月30日に電話で問い合わせてください」とも言われていたのですが、11月30日はベルリンに行っていて電話できませんでした。これは延期だったかも?と思い、せっかくの早起きを無駄にしてはもったいないので、徒歩5分のところにあるオーパンガッセのチケットセンターに行ってみました。

しかしこちらも、ウィーン国立歌劇場の1月3日はバレエ<くるみ割り人形>だったため、オペラのようなチケット獲得競争はなく、7時半になっても、私の他にはアルゼンチンから単身赴任して来ているという銀行員のおじさんしか来ませんでした。このおじさんに英語でいろいろ話しかけられ、面倒になり、お腹も空いていたので、カフェで朝食を取りながらチケットセンターが開くまで待機することにしました。

実は、前日の12月2日、しばらく連絡がなかった音楽教師の友人から、「年末年始はウィーンに行きます」とのメールが入り、年末年始のオペラと演奏会のチケットを手配するという任務がありました。ウィーン国立歌劇場の<こうもり>は完売してしまっているので、フォルクス・オパーやウィーン交響楽団で購入可能なチケットはないか至急確認しなければなりません。フォルクス・オパーはオーパンガッセで8時から、ウィーン・フィルとウィーン交響楽団は9時から、それぞれチケットセンターが開きます。いずれもカールスプラッツ駅のところにあるので、一気に手配できます。

8時、オーパンガッセでフォルクス・オパーの残券確認。12月30日夜<メリー・ウィドー>、12月31日午後<こうもり>、1月2日夜<ホフマン物語>、残券有を確認して、そのままウィーン・フィルへ。

8時40分、ウィーン・フィルの前に戻ると4~5人の列。毎週月曜日に、前売で予約しても買取がなかった残券が売りに出されるとのこと。9時、1月1日の立見席は会員で完売していたものの、完売だったはずの12月30日の立見席20ユーロが売りに出されていて即購入。急いでウィーン交響楽団へ。

9時15分、コンツェルトハウスのウィーン交響楽団チケットセンターで1月1日夜の第九公演残券確認。29ユーロが余裕で残っていました。即購入して、再度オーパンガッセへ。

9時30分、オーパンガッセのチケットセンターで、フォルクス・オパーのチケットを購入して任務完了。

問題は、12月24日~30日、チューリヒのスイス人一家とアルプスのスキー場へ行く約束になっていて、すでにウィーン-チューリヒの航空券を購入していたこと。30日11時からのジルヴェスター&ニューイヤーコンサートを聞くには、29日にはウィーンに戻らなければなりません。29日の飛行機は空席がなくなっていましたが、チューリヒ中央駅発13:40-ウィーン西駅着22:28の新幹線が走っていました。復路は空路から陸路へ変更。これにて一件落着。めでたし、めでたし。

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田舎町のアドヴェント・コンサート

12月2日(日)は第1アドヴェントで、いよいよクリスマス・モードに入ってきました。ウィーン郊外のスロバキアに接する田舎町、ゲンザンドルフ(Gaenserndorf)の市民オーケストラ“Philharmonie Marchfeld”で指揮をしているベッティーナから、アドヴェント・コンサートにご招待いただきました。

ゲンザンドルフ駅は、ウィーンの中心カールスプラッツ駅から地下鉄で20分、地下鉄1号線の終点レオポルダウ駅で乗り換えて、さらに近郊列車で22分。東京の感覚なら、ごく普通の郊外住宅地の距離ですが、列車を降りてびっくり! “ド田舎”です。駅の周りには何もありません。17時の開演時間にあわせて16時21分着の列車に乗ったので、16時前には日が暮れているので、真っ暗。

日曜日で駅の案内所も閉まっているし、会場の市民ホール(Stadthalle)はどこか、誰かにたずねるしかないのに人気がありません。とりあえず広めの道を歩いていくと商店街のアドヴェントの飾りが見えて(写真)、営業中のカフェがありました。立ち寄って道を訪ねると、さすがに田舎の方は親切です。そちらに帰るところだという年配のご夫婦が、コーヒーをさっと飲み干し、車で送ってくださいました。

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このご夫婦は、前日ここでロシアのコザックダンスを見たとか。田舎町とはいえ、ウィーン郊外だけあって文化的・・・と思いきや、ホールは体育館兼用の建物でした。この会場で、アマチュアの市民オーケストラなのにチケットは18ユーロから100ユーロ以上までと、ウィーン国立歌劇場なみ。プログラムも普通のガリ刷りなのに1冊1.50ユーロ。集客もまずまずで、みなさんおしゃれしていらしています。

Dsc00993演奏に先立って創設者の女性のごあいさつが。市民会員の会費で運営されていて、来年で25周年を迎えるとか。来賓には、ご夫人同伴で地元の名士が大勢。地域の社交の場なのですね。

プログラムは、前プロ:ロッシーニ作曲/喜歌劇<セヴィリアの理髪師>より序曲、中プロ:チャイコフスキー作曲/ヴァイオリン協奏曲、メイン:ドヴォルザーク作曲/交響曲第9番<新世界より>。独奏は韓国人のJung-Yoon Yangさんという若手。シュロモ・ミンツ国際ヴァイオリン・コンクール1位受賞者とのこと。

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指揮者のベッティーナ・シュミットはヴァイオリニストでもあり、東京の「音楽の友ホール」で行われる青少年コンクールの審査員を務めたり、清里や軽井沢でマスターコースを開いたりして日本通。このオーケストラを率いて日本ツアーもやったそうです。

演奏そのものは、小学生の初心者から、当地出身のプロ奏者まで混ざっているというだけあって、一言では表現しかねます。ミスも少なく、小気味よいテンポでオーケストレーションも統一されていて、みなさん楽しそうに演奏されています。アマチュア的なのは、ホールの響きとは無関係にオーバーブロウしてしまうところなどでしょうか。そもそもホールがホールですし・・・。

終演後、ベッティーナや、知り合いのクラリネットのロベルトにあいさつしようと待っていると、おばあちゃまから、「あなた上手だったわよ。よくやったわね!」と抱きかかえられて、「???」。韓国人の独奏者と間違えられてました。年齢も、顔も全く違うのに、日本人と韓国人はみんな同じに見えるようです。

トロンボーンは、1番は音大生でしょうか、使用楽器はシャガール。2番はブルク劇場で35年間トロンボーンを吹いていたという年金生活のおじいさま。使用楽器はレッチェ。「生まれも育ちもゲンザンドルファーだ! この街からブルク劇場まで通ったのさ」、「来年のアドヴェントはマーラーの1番だよ。一緒に吹こうね!」と、ブルク劇場のツアーで東京・名古屋・大阪にも行ったという、日本大好きの方でした。

オーストリアには「むら」があるのか確認してきて欲しいと、日本村落研究学会前会長から頼まれているのですが、ゲンザンドルフのこうしたアソシエーション活動は、ちょっと日本では見られないように思いました。

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空席が目立つベルリン・フィル定期

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11月30日(金)ベルリン・フィル定期、サカリ・オラモ指揮、アヌ・コムシ独唱(ソプラノ)、前プロ:ヤナーチェク作曲/交響的狂詩曲<タラス・ビーリバ>、中プロ:シベリウス作曲/交響詩<ルオンノタル>、メイン:R.シュトラウス作曲/交響詩<ツァラトストラはこう語った>は、空席が目立ちました。

予定されていたソプラノ独唱のカリタ・マッティラが喉頭腺の炎症で直前キャンセル。中プロのR.シュトラウス作曲/楽劇<サロメ>よりサロメの踊りとフィナーレも変更。そのためにチケットの返品を受け付けたのかしら?と思いましたが、ベルリン・フィルの定期会員シリーズの客入りはいつも冴えないとか。

ベルリン・フィルの面白さは、珍しい曲を積極的に取り上げるところ。古典派重視のウィーンとの違いです。創作芸術には不可欠な挑戦ではありますが、興行としては厳しいものがあります。まだ知名度が高くない指揮者とソリストで、ヤナーチェクやシベリウスのマイナーな曲をやったのでは、たとえベルリン・フィルでも集客困難。この手のプログラムは券売が確保されている定期会員シリーズに持ってくるというのは、どこのオケでもやる手ですね。

フルート1番はパユ。10月以来初めてでした。オーボエ1番はケリー。クラリネット1番はフックス。ホルンは1番バボラク、2番サラ、3番はハウプトマンのように見えました。トランペットは1番ガボア、2番クレッツァー。トロンボーンは1番オット、2番DSO2番のスザンネ(中プロのみアカデミカーのルカス)、3番ライエンデッカー。テューバ1番はハンブルグ国立歌劇場の方、2番ヒュンペル。ティンパニーはゼーガース。ベルリン・フィルの凄さは、やはり個人の演奏能力といえましょう。何はともあれ、名手揃いの演奏でした。

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コーミッシェ・オーパ公開リハーサル

11月30日(金)午前中は、コーミッシェ・オーパの公開リハーサルを聴きました。夜8時から、ベルリン・フィル定期と同時間帯に、マーラー作曲/交響曲第7番の演奏会があり、友人のルッツが2番トロンボーンで出るというので、こちらは公開リハーサルで聴くことにした次第です。

公開リハーサルにはベルリン市内の小学生が見学に来ていて、1階席は子供たちでいっぱいでした。写真3枚目にあるように、女性職員の紹介付で、リハーサルは1時間であっさり終わってしまいました。子供たちのなかにはクラシック音楽には興味なさそうな子もいて、曲もマーラーですし、1時間が限界という感じでした。

ウィーンのオペラは国の補助も厚く、ご年配を中心とした定期会員も多く、毎回満員御礼ですが、ベルリンでは状況が異なります。市からの補助金もカットされ、それを埋める意味もあるのかも知れません、将来の聴衆を育てるべく、教育の場としてオペラが利用されています。

指揮者は中国人の方で、お名前は存じ上げない方でしたが、冒頭のテナーテューバのソロのあるところ何度も返していました。2002年4月、同じ曲を、アッバード指揮ベルリン・フィルのリハーサルで聴いたことを思い出しました。テナーテューバはゲスリングで、やはり同じ箇所を通していました。表現豊かに歌うという点で、共通するものを感じました。

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ベルリン市内観光?

11月30日(金)のベルリン・フィル定期を聴くべく、11月29日(木)の夜、ベルリンへ飛びました。当初は、30日の午後からベルリンへ行き、1泊で帰るつもりが、スケジュール調整に手間取り、30日のフライトが激高になってしまいました。仕方がないので出発を1日早め、観光旅行をすることにしました。

運よく11月末まで、グランド・ホテル・ベルリン・エスプラナーデが1泊朝食付99ユーロのセールをしていました。ウィーンのアパートメント・ホテルは4つ星なのですが、5つ星との格差は甚大です。2か月振りにまともなベッドと枕で熟睡できました。朝食もヴァラエティーで、ガッツリ食べるつもりが、やはり寝起きはあまり食べられませんね(笑)。

エスプラナーデは場所が悪くツォー駅からバスです。ただ、その100番バスのルートはベルリンの主要観光名所を通っています。30日の朝9時、市内観光気分で100番バスの2階最前席を陣取り、写真撮影です。とりあえず、ジーゲスゾイレと連邦議事堂をパチリ。Dsc00977

Dsc00979ウンターデンリンデンを過ぎたところで下車して、元東ドイツの信号、アンペル君をパチリ。いつ見ても可愛いですね。Dsc00980

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フリードリッヒ・シュトラーセ駅から電車に乗ってポツダム広場へ戻り、アーカーデンへ。ベルリンのクリスマス・マーケットはウィーンほどは盛り上がっていないのですが、アーカーデンのクリスマス展示があまりにも綺麗だったのでパチリ。ブリューゲルの絵画のようです。Dsc00986_2

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