帰国

3月30日(日)、<トゥーランドット>を観た後、アパートメントホテルに帰り、日本に持ち帰れない残り物を引き取りに来てくれた音大生と夕食をして、寝る前に無線LANでネット接続しようとしたところ、またまた不通。フロントにクレイムの内線を入れると、「無線LANはトラブルで今晩は使えません」。これまでにも何度か、肝心な時に同じようなトラブルが。

仕方がないので、明朝のフライトに備えて早めに入浴して就寝することに。しかし、夏時間に切り替わったばかりで、23:00とはいえ体内時計は22:00。なかなか寝付けません。

ようやくうとうとしたと思ったら6:00に目覚まし時計が。体温を測ったら、ようやく風邪熱が引けて37.0以下に・・・。これで帰国のロングフライトに堪えられそうと安堵したらついうとうと・・・。体内時計は5:00なのです。

あっと気がついたら6:45で、本当ならチェックアウトしなければならない時間。幸い、荷物は前夜に揃えてあったので、15分で仕度してフロントへ。空港タクシーが迎えに来る7:00ぎりぎり。

ところがフロントのホテルマンおおぼけ。「空港タクシーなど来ていないし、あなたは空港タクシーを予約していません」とか。説明するとタクシー会社に電話を入れて大慌て。この騒動ですでに7:15。そうしたら背後から、「まだお客さんは来ないのですか?」とタクシードライバー。7:00前から玄関で待機している空港タクシーが私の予約車だったのです。本当に最後の最後まで、いい加減な4つ星アパートメントホテルでした。

幸い道は空いていて、シュヴェヒャート空港までわずか20分で到着。出発までまだ2時間。「今回こそは免税手続きをするぞ!」、これが早めに来た目的でした。この2~3年に、私はシュヴェヒャート空港から十数回出発しているにも拘わらず、未だに税関スタンプをもらう場所がわからないのです。

パスポートを提示してショップ内に入ったすぐ左手のリファウンドの窓口は目立つのですが、肝心な税関スタンプの窓口が見つからないのです。空港職員に聞くとすぐそこにあるというのですが、私には見つからず、いままで一度もシュヴェヒャート空港でリファウンドをもらえたことがないのです。

以前、Aゲートの手荷物検査の手前にあるのは見かけたのですが、たまたまその時はシェンゲン協定国内の移動だったので税関スタンプをもらう用がありませんでした。どうかAゲートでありますようにとの祈りは通じず、また今回もCゲートでした。やはり税関スタンプの場所はわかりませんでした。

前回7月の時は、仕方がないので経由地のパリで税関スタンプをもらおうとしたところ、ド・ゴール空港は厳重体制で、手荷物チェックに時間がかかって税関スタンプどころの話ではありませんでした。

今回は、アムステルダムで乗り継ぎに4時間あったので、広いスキポール空港を必死で歩き、D10ゲートまで行って税関スタンプをもらい、Eゲート前でリファウンドを受取り、搭乗口のF2ゲートまで移動することができました。しかし、それでも相当の速足で歩いて、順番待ちがなくても40分はかかりました。

アムステルダムから東京までの飛行時間は、タイムテーブルでは11時間20分ですが、実際には10時間30分と短くてびっくり。飛行時間が短いこともあってか、朝食にはパンもなくて、なんと「ミルクライス」。日本人のお口には合いません。めちゃめちゃ甘いソースのかかったヨーグルトだけ食べて、あとは飲み物だけだったという方も多かったことでしょう。

成田から自宅までは、初めて京王バスの調布駅南口行空港リムジンを使ってみました。11時に成田を出て、12時45分には調布駅南口に着き、バス停前のタクシーで10分。自宅まで2時間かからず荷物も預けて楽ちん。

首都高から見える都内の桜が満開で、「ああ日本に帰ったのだなぁ」と実感。写真は赤坂アークヒルズ付近の桜。

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本ブログ<aus Wien>は、4月1日の帰国をもちましておしまいといたします。半年間のご愛読ありがとうございました。

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最後の最後は<トゥーランドット>

3月30日(日)、ウィーン滞在最後の晩。中央郵便局は20:00まで営業しているのに、なぜ別送品の発送を急いだかというと、16:30-19:15フォルクス・オーパ<トゥーランドット>で、最後の最後を飾るため。プッチーニ最後の未完のオペラ。第3幕でテノールのカラフが歌うアリア、「誰も寝てはならない」はあまりにも有名。

ウィーン西駅の中央郵便局からフォルクス・オーパは地下鉄6号線1本で約7分ですが、途中、大学の研究所に寄って31日の東京行のフライトをインターネットでチェックインしなければなりません。15:20中央郵便局発地下鉄6号線に乗り、ヴァーリンガーシュトラーセ/フォルクス・オーパ駅でバス40Aに乗り換えて、15:45研究所着。日曜日でもマルティンはオフィースで仕事をするタイプなので、預かっていた研究室の鍵は30日の16:00にマルティンに渡して返却という約束でした。

KLMオランダ航空は出発の30時間前からチェックインでき、31日9:30ウィーン発のチェックインを30日の16:00にしたのでは選べる座席は僅か。迷っているうちにも、どんどん、ほかに先を越されます。アムステルダム-東京の機体はB747-400でエコノミークラスの座席は343の並び。中央ブロック4列の通路側最後の1席をかろうじて確保。

大学前のバス停16:14発のバス40Aで9分、フォルクス・オーパ到着。ウィーン滞在中、大変お世話になったバス40Aもこれが最後。

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フォルクス・オーパの<トゥーランドット>は、同演出で13公演目とのことなので、まだ結構新しい演出。演出はRenaud Doucet、舞台と衣装はAndre Barbe。演出か舞台と衣装の少なくてもどちらかは、年末年始の<ホフマン物語>新演出と同じ演出家だと思われます(後で確認します)。

トゥーランドット姫の衣装も、カラフ王子の衣装も、ともに白いぬいぐるみのよう。蛾か蝶のような昆虫を模っています。ストーリーの舞台は北京の紫禁城ということで、唯一、中国的なのはピン、ポン、パン。これも蟹や蛸のよう。カラフ王子の父、盲目のティムールに付き添うリューは蜂の蛹のような・・・。そのリューを殺すのはクワガタムシ。

指揮はハーガー(Harger)、トゥーランドットはトヴィ(Tovey)、カラフはツァン(Zhang)、リューはラモス(Ramos)というメンバーでした。このオペラ座は、客席はすり鉢のように勾配がきつく、そのすり鉢の底にオケがいるので、拡張器を使っているかのような大音量の伴奏。アリア「誰も寝てはならない」の後は、拍手喝采でしばし音楽中断。

復活祭から<ヴァルキューレ>、<パルジファル>、<トリスタンとイゾルデ>と、ワーグナーの長時間のオペラ続きだったので、1幕30分、2幕45分の後にそれぞれ休憩が入ると、「え、もう休憩?」という感じ・・・。

19:15には終演し、外に出ると、まだ太陽はさんさんと明るく。そう、この日からサマータイムになったのです。3月30日の午前2時になったところで午前3時に時計を1時間進めサマータイムに。そういえば、街角にも「Eis」(アイスクリーム)の看板が立ち始めました。

地下鉄6号線ヌスドルファーシュトラーセ駅で、ウィーン滞在中最もお世話になった路面電車38号線に乗り換え、最寄駅のジーヴェリンガーシュトラーセまでの9分間、19:45にゆっくりと日没。こうこうと燃えるアーベント・ロート(夕焼け)が、私の半年間のウィーン研修を慰労しているかのように見えました。

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別送品

ホテルアパートメントの一人暮らしとはいえ、半年も生活していると何気に物は増えるものです。今回はKLMオランダ航空エコノミー利用なので、無料で預けられる手荷物は20キロ、機内手荷物は12キロまで。KLMオランダ航空は、少しでも重量オーバーすると高額な追加料金を請求してくるので、それを超える荷物は別送品として郵送するしかありません。

機内手荷物は、トロンボーンが5キロ、パソコンが1キロを占め、ほかに、万が一、ロストバゲイジにあった場合に備え、会計書類と調査のフィールドノートと貴重品は携行しなければならないので、これだけでもう目一杯。本来はコートなどの重さも加えて12キロまでなので、実際には少しオーバー。荷物を軽くするため、空港内は暖かいとはいえ、ロングコートにロングブーツの真冬の装い。

預ける荷物は、4月4日の年度初めの教授会までに配らなければならない教授会メンバーへのお土産、国立ボーデンクルトゥア大学のロゴ入り文具40人分(この教授会で研修報告の挨拶をするのが習わしなので)と、郵送では破損が心配されるグムントナーの陶器。グムントナーは、オーバーエスターライヒ州のグムンデン市で製作されている、オーストリアで最もポピュラーな陶器。運搬の問題はわかっていながらも、珍しいタイプの陶器を、つい買い集めてしまいました。

アパートメントホテル備品のお皿でご飯やお味噌汁は無理。日本屋さんへ行けば大抵何でも買えますが、日本のスーパーで500円で買えるご飯茶わんが1500円もします。1500円だせばグムントナーは買えるし、グムントナーにはボール状のデザインもあってご飯やお味噌汁にも向くのです。

グムントナーが割れないように、ダウンジャケット、セーター、マフラー、タオル地のパジャマでくるんだら、スーツケースはもう満杯。ぴったり20キロでした。

残る衣料品と生活用品、図書と調査資料は別送品で郵送することになります。ウィーン西駅の中央郵便局は日曜・祝日も9時-20時で営業しているので、3月29日(土)のうちに仕分け作業を済ませ、30日(日)の午前は別送品を梱包、午後は別送品を発送という作業スケジュール。

第一の問題はダンボールをどこで入手するかですが、日本のようにスムースにはいかないのが普通の国です。スーパーの倉庫でもらうにしても、週末は土曜6時までしか営業していません。これは幸い、粘り強い交渉の結果、アパートメントホテルの倉庫に山積みされた客室用ティシュペーパーの梱包箱をもらえました。

30日(日)13:00、別送品の梱包作業が終わると、なんとダンボール5箱計55キロ。衣料品や生活用品のダンボール3箱(10キロ、9キロ、7キロ)、図書のダンボール1箱(22キロ)、調査資料のダンボール1箱(7キロ)の計5箱という内訳。

いよいよタクシーで運搬ということになります。フロントで台車とタクシーをリクエストしたところ、係員が部屋まで荷物を取りに行くから部屋で待っているようにとの指示。しかし、13:30まで待っても係員は来ません。オーストリアで"Eine Paar Minuten"(2分待って)と言われると、たいてい20分待ちです。仕方ないので1人でずるずると引きずってエレベーターでフロントまで運ぶと、運び終わったところに係員が。

呼んであるはずのタクシーもなくて、タクシー乗り場まで拾いに行くことに。幸いワゴンタクシーが停まっていたのですが、この女性ドライバーはウィーン西駅の中央郵便局の位置がわからない・・・。よりによって中央郵便局は改装工事で仮設エントランス。普通なら所要時間10分で11ユーロ程度の距離なのに、堂々めぐりして15ユーロ。

郵便局の窓口に荷物を運び終わったらすでに14:30。予定より1時間も遅れてしまいました。日本の税関(Japan Customs)のサイトには、箱の表面に「別送品」とマジックで書けば課税されないと書かかれているのに、それがわからない郵便局員は内容物の値段と個数まで詳細に記入すようにと、シツコク催促。仕方ないので5箱分の伝票に、内容物と個数を詳細に記入し、値段はゼロ円として納得いただきました。書き終わったらすでに15:20。これにて別送品の発送完了。

調査資料のダンボール7キロだけ1週間で配達される航空郵便にして75.08ユーロ(約12,000円)。ほかは3週間の普通便(つまり船便)にして4箱計264.97ユーロ(約42,400円)。そこそこ安上がりに出来た方だと思います。

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WPh&メータ オケコンほか

3月29日(土)15:30からメータ指揮、シングル・シンガーズ共演、ウィーン・フィルを聴き、ウィーン滞在中のムジークフェラインでの演奏会を締めくくりました。

Dsc02020 プログラムは、ハイドン作曲/交響曲第22番<哲学者>、ベリオ作曲/8声と管弦楽のためのシンフォニア、バルトーク作曲/オーケストラのための協奏曲。

相変わらず風邪熱が下がりませんでしたが、私にとってウィーン滞在中最後のウィーン・フィル定期なので、15:30開演のところ14:15から並び、立見最前列中央で聴きました。

ねらいはバルトークのオケコンでしたが、それよりも初めて聴くベリオがとても面白かったです。女声4人、男声4人のアカペラ合唱団がマイクを持ってラップのように歌い、2月2日にベルリンで聴いたダンスプロジェクトを想起させます。聴いていると、なんだか演奏したことのある曲が・・・。マーラー作曲/交響曲第2番<復活>をパロディっているのです。実質、この中プロがメインでしたが、果たしてウィーンのご年配の聴衆にはどのように映ったことでしょう?

トロンボーンは、1番キューブルベック、2番ヴェクセルの人、3番シュトレッカー。ということは、キューブルベックとシュトレッカーは、前日28日(金)10:00からの公開リハーサルでこのプログラムを吹いて、さらに17:00から21:45まで国立歌劇場で<トリスタンとイゾルデ>を吹いたということ。乗り番は、曲で分けているのではなく、勤務日で決めているのでしょうか。コンサートマスターはキュッヒルでした。

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最後の国立歌劇場は<トリスタンとイゾルデ>

3月28日(金)17:00-21:45、レイフ・セゲルスタム指揮、ワーグナー作曲<トリスタンとイゾルデ>。半年のウィーン滞在、国立歌劇場の最後は「愛の死」で締めくくりました。いやー、よかった。感涙。

Dsc02018_2 指揮者のセゲルスタムは、クリスチャン・リンドバーグの定盤CD「Romantic Trombone」の伴奏で、バンベルク交響楽団を指揮しているので名前は知っていたのですが、その後、読売日響の定期にも登場し、作曲者としても自作自演。容姿がブラームスに似ていて、ブラ1を振った時は、ブラームスの自作自演を思わせました。

今回は、曲目と指揮者目当てで、歌手にはあまり期待していなかったのですが、とてもよかったです。ウィーン国立歌劇場デビューを飾ったトリスタン役のテノール歌手、ヨハン・トレレーヴェン(Johan Treleaven)もよかったし、何と言ってもウィーン国立歌劇場でイゾルデを初めて歌ったソプラノのエヴリ・ヘルリツィウス(Evely Herlizius)、凄くよかったです。細身ながら最初からスピントな声で大迫力。第2幕のトリスタンとイゾルデの「愛の二重奏」は圧巻。このまま最後の「愛の死」までもつのか心配でしたが、これも実によかったです。

<トリスタンとイゾルデ>より「前奏曲」と「愛の死」は楽曲としてもしばしば取り上げられ、4時間のオペラのいいとこ取りですが、やはりオペラで4時間近く延々と待たされた最後に聴く「愛の死」は、絶品ですね。

トロンボーンは、1番キューブルベック、2番マダーシュ、3番シュトレッカーと、2日前の<パルジファル>と同じメンバー。乗り番は曲で決まっているのではないようですね。

まだ風邪熱が続き、歯が痛くてたまりませんでしたが、最後だったので終演後に楽屋口でキューブルベックにご挨拶。3月31日のフライトで、なんと、姪御さんも日本へ行かれるそうです。彼女は、心理学から日本の家族関係を研究しているとか。31日にシュベヒャート空港で、トロンボーンを持った日本人女性がいたら、声を掛けてもらうように伝えました。

 

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Auf Wiedersehen!

3月28日(金)は、こちらの同僚にお別れの挨拶まわり。午前は、大学の研究所によって、共同キッチンに花束と折り鶴とチョコレートを置いたところ、みなさん折り鶴に大喜び。「どうやって折るの?」と質問攻め。

Dsc02013_2その他、一応、私の世話担当ということになっている、日本好きの若手女性研究者ダグマには、こちらで使っていた千代紙のお茶筒を記念に。

招聘してくださったフォーゲル教授には、以前、「柿の種」を差し上げた際、食べ慣れない物は口にしないタイプの人種だということがわかったので、バーデン市のホイリゲで購入しておいた白ワインを差し上げました。そうしたところ、「これは典型的なオーストリアのワインだ!」と、お喜びいただけました。

午後は、連邦機関中山間地域研究所へ。副所長のダックス氏にご挨拶をして、続いて研究仲間のテレジアと最後のランチをしながら、共同研究の成果報告のスケジュールを打ち合わせました。テレジアは、9月18日・19日にボーデンクルトゥア大学で開かれるオーストリア農業経済学会の大会理事になっているので、まずはそこのジェンダー部会で報告することになります。

Auf Wiedersehen! Alles Gute!  Bis September!

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転出届

帰国まであと4泊。ウィークデイは残り2日。ウィーン19区の区役所と日本領事館に転出届を出せるのは今日(3月27日)か明日(3月28日)しかありません。明日は職場の同僚や連邦機関中山間地域研究所に挨拶に行かなければならないので、どうしても今日のうちに転出届を出しておかなければ。

それなのに、朝目覚めて熱を測ったら37.8度に上がっていました。やはり<パルジファル>を見るのは体力が要ります。とても動けないのでお昼まで寝ていたら37.4度まで下がっり、夕べまでは焼けつくように痛かった喉が痛くありません。風邪熱も峠を越したようです。

区役所は15:30までなので急がないと・・・。幸い、外に出たら13度のぽかぽか陽気。14:30前に19区の区役所へ寄り、15:00過ぎに日本領事館に寄り、転出届を出しました。最初に来てから6か月が経過したのだなぁと実感。最初の写真の真ん中の黄色い建物が19区の区役所、次の写真が日本領事館。

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残るは荷物ですが、これは3月30日(日)の午前中に西駅付近の中央郵便局で発送予定。

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パルジファル

3月26日(水)17:30-22:45ウィーン国立歌劇場、ティーレマン指揮、ワーグナー作曲、舞台神聖祝祭劇<パルジファル>。ザルツブルグからウィーンに戻って、またワーグナーです。風邪で熱がある身には、ワーグナーは長すぎます。しかし、1か月前の売り出しに、44ユーロも投じてチケットを購入してあるし、日本ではそうそう上演の機会もない演目だし、いまさらやめるわけにもいきません。

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<パルジファル>は、2002年4月のベルリン・フェスト・ボッヘで、バレンボイム指揮、ベルリン国立歌劇場でも観ていて、クンドリを歌うマイヤーに聴きほれたこと、アメリカ人観光客が1幕の後に拍手をして嫌われたこと、舞台上に巨大な岩壁のようなのがあってレーザー光線が飛び交ったことくらいしか記憶にありません。

今回こそは、<パルジファル>の醍醐味を味わえるだけの教養を身に付けるつもりでしたが、やはり「聴くと疲れる」という感想に終わってしまいました。ティーレマンのまったり系の棒がそうさせてしまうのかも知れません。私は苦手です。

グルネマンツを歌ったミリング、アムフォルタスを歌ったストラックマン、クリングゾルを歌ったバンクルはよかった。せっかくアイン・アンガーが起用されているのにティトゥレルでは出番が少なすぎ。それに比べてパルジファル役のトーマス・モッサー(Thomas Moser)は声が伸びず残念。クンドリを歌った藤村実穂子さんは、世界に通じる数少ない日本人ですね。バス、バリトン、メゾの世界の作品ですね。

ところで、あと5分で終演というところで、ステージ・バックのカーテンが落ち、舞台袖が丸出し。これは演出ではなくてハプニングだったと思われます。

第2幕の後半あたりから暖房が弱くなって、首筋が寒くて寒くて・・・。トロンボーンは1番キューブルベック、2番マダーシュ、3番シュトレッカーだったので、終演後、楽屋口でキューブルベックに挨拶したいところでしたが、いよいよ熱が出てきました。オペラ座前のタクシーを拾って帰ったら、15分で12ユーロでした。意外と安くて速かった。

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BPh復活祭音楽祭、ラトル指揮<ヴァルキューレ>

3月24日(月)ザルツブルグ復活祭音楽祭最後を飾るワーグナー作曲/楽劇<ニーベルングの指輪>第1夜<ヴァルキューレ>。

12月のウィーン国立歌劇場、ウェルザーー=メスト指揮、新演出による<ヴァルキューレ>を2回観たのも、このベルリン・フィルの<ヴァルキューレ>と聴き比べたかったからこそ。

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歌手や演出に注目する常識的なオペラ・ファンとは異なり、私の関心はバストランペット。これに尽きると言っても過言ではありません。ザルツブルグ祝祭大劇場のRang Mitte Rechts 12列29番からは、ピットの中のバストランペットを終始うかがうことができました。

ちなみにトロンボーンの1番・2番は見えませんでしたが、3番ライエンデッカー、4番(コントラ持ち換え)シュルツ、テューバはプットカマー。1番はゲスリングで、1幕の後の休憩時間にヴァルキューレの騎行をさらっていました。2番は誰だったのか不明ですが、楽屋ではアカデミカーのチェグを見かけました。ほかにバックステージでアカデミカーの清水真弓さんも吹いていたはずなのですが、残念ながら会えませんでした。

ラトルが指揮台に登場し、棒を振り下ろすと、「え?ヴァルキューレってこんなオーケストレーションだったっけ?」と思うようなサウンドが。普段なら聞こえない音まで、はっきり、しっかり、そしてきびきびと、凄い音圧で響いてくるのです。そのサウンドは4時間にわたる上演中、変わることはありませんでした。

そのせいか、オットのバストランペットは、もっと前へ出てもよいのではないかと思う音量だったのと、トランペットのタルケヴィ、クレッツァー、ヒルツァーと場所が離れていて、バストランペットの役割が浮いてしまった感じは否めません。

とはいえ、オット独特のまろやかな音色とたっぷりとしたフレージングは、12月のウィーン国立歌劇場のバストランペットとは対照的でした。ウィーン国立歌劇場のバストランペットは誰だったのか、いまでもわかりませんが、音域の低いトランペットでした。それに対してオットのバストランペットは、トロンボーンの音色だったということになりましょうか。

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歌手は、一番楽しみにしていたジークムント役のギャンビルがキャンセル。代役は、プログラムにメモしたのですが、風邪の熱のせいでぼけーっとして、帰りのタクシーにプログラムを忘れてしまいました。

ブリュンヒルデは、12月のウィーン国立歌劇場でも歌ったエヴァ・ヨハンソン。12月の時よりも、最初から音程も安定していてよい出来栄えでした。

フンディング役のミカエル・ペトレンコは、声だけでなくて姿形もカッコ良すぎ。コステュームも紳士的。ヴォータン役のサー・ウィラード・ホワイト、ジークリンデ役のエヴァ=マリア・ヴェストブレーク、いずれもウィーン国立歌劇場ではあまり聴けない歌手です。

演出は、舞台装置全体がすっきりとモダンに垢ぬけている感じですが、ヴァルキューレのコステュームは、12月のウィーン国立歌劇場がフェミニンな感じのドレスで意外性があったのに対し、鎧兜でややコンサバ。ただ、ウィーン国立歌劇場では、野戦病院の患者が白のバスローヴを着て駆け回るナンセンスな演出だったのに対し、こちらは迷彩服の人形をヴァルキューレが引きずるという演出で○。

フルートはパユ、オーボエはマイヤー、ホルンはドールとサラとヴァーレンドルフは楽屋で見かけました。コンサートマスターは見えませんでしたが、安永さんは1プルの裏にいました。

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ザルツブルグの復活祭

Dsc01986今年の復活祭は例年よりも2~3週間早く、おまけに大寒気団が来て、ザルツブルグは写真のとおり。3月24日(月)の朝10:00からドームで<モーツァルト・ミサ>があるというので、ホテルでタクシーを呼んで駆けつけました。徒歩でも15分くらいの場所なのですが、風邪をひいて熱はあるし、雪は降っているし・・・。

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12月23日(日)22:00からウィーン・シュテファンス寺院で行われたトロンボーン四重奏団の演奏会のことが思い出され、なにもそこまで根性を入れて教会のミサに行く必要もないように思われましたが、行ってよかったというのが今回の感想です。

聖歌隊、ソリスト、合奏団、いずれの演奏レベルも高く、また、モーツァルトだけかと思っていたところ、最後にはハイドンの<天地創造>が。23日のベルリン・フィルの演奏会<天地創造>は故あって聴けませんでしたが、それよりも宗教的に意味深い演奏でした。

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